現在のオーストラリアには大型の肉食獣はほとんどいない。人類が持ち込んだディンゴを別にすれば、フクロオオカミが最大の肉食獣だった。オーストラリアでは過去2000万年の間、不安定な気候と土壌のせいで植物が繁茂しにくく、肉食獣の餌になる草食動物の体の大きさに制約が生じ、それが大型肉食獣の進化を阻害したというのだ。
 メガラニアに代表される巨大な爬虫類が、更新世オーストラリアの生態系において肉食動物の役割を果たしていたと考える学者もいる。温血でないために肉食の哺乳類よりもずっと少ない食物ですみ、より過酷な環境でも生存できたのだと説明される。


 更新世(1〜200万年前)のオーストラリアで最大の陸棲哺乳類はディプロトドン Diprotodon australis である。有袋類としては史上最大の動物で体長3.3m、肩高1.8m。今のサイほどもあり、クマのようにも見えるこの大きな動物の骨は、オーストラリア東南部のカラボンナ湖で多数見つかっている。ぬかるみに足を取られて溺死したものだった。
 Palorchestes というバクに似た大型の有袋類もいた。体長2.5mくらいでマレーバクと同じくらいの大きさだった。さらにプロコプトドンやステルヌスという大型のカンガルーもいた。

 これらを狙ったかもしれない大型の肉食獣もそう少なくはなかった。現在種(といっても既に絶滅して久しいが)よりも大きかったフクロオオカミや、肉食性のオオネズミカンガルー Propleopus oscillans もいた。そしてこれらの頂点に立つ肉食性の有袋類がフクロライオン Marsupial Lion と呼ばれるティラコレオだ。鮮新世と更新世にそれぞれ1種がいたとも(クルテン, 1971)、8〜10種が記載されているともされる(Stephen Wroe, 1999)。
 ティラコレオの歯形が残るディプロトドンの骨が発見されている(Kalafut)。120kgのティラコレオが1トン半もあったディプロトドンを襲ったのだろうか?

 少し前まで、ティラコレオはヒョウくらいの大きさだったといわれていた。それが最近ではもっとがっしりしたクマのような体格だったとする説が多くなった。体長は1.2〜1.5mで従来と変わらないが、脚の骨からの推定で、体重は2-3倍にも見積もられるようになった。

 最大種 Thylacoleo carnifex は体重100〜130kg(Stephen Wroe,2003)、小柄な雌ライオンほどもあった。2002年に John Long が Nullabor で発見した完全な骨格では150kgもあったと推定されている(Catalyst)。
 頭骨は短めで幅広くずんぐりしていた。ある例では長さ26cm、幅23cmだった。犬歯は退化していたが強力な裂肉歯と長い切歯を持ち、また大きな爪を備えており、体の大きさと捕食への極端な適応(知られている限り最も特殊化した肉食性哺乳類と考えられている)から、当時の食物連鎖の最高位に君臨していたといって間違いないだろう(Stephen Wroe, 1999)。Thylacoleo carnifex は少なくとも5万年前までは生存していた(Naracoorte Caves)。

 フクロライオンはおとなしい植物食の有袋類から進化した。原始的な種は雑食性だったようだが、新しいものでは噛みつぶすための臼歯が退化し、裂肉歯が巨大化している。初期の古生物学者はフクロライオンを植物食−それも果実を食べていたと考えた。クルテンもおとなしい果実食の動物としても、肉食性の動物としても考えられてきたと曖昧な言い方をしている。
 上下の顎に一対の大きな切歯があり、これをハサミのように使って果実を噛み取っていたと想像されていた。白亜紀の角竜類が特殊なハサミ式の前臼歯を使ってヤシやソテツなど硬い繊維質の葉を噛み取っていたのと同様と思われたのだった。しかし最近では、歯の磨滅の状態が肉食獣のそれに酷似していることから果実食説は否定された(Douglas Palmer, 1988)。また引き込めることができる爪や、植物を咀嚼するための歯を備えていないことからも肉食獣だったことは動かせない事実となった(nationalgeographic)。ティラコレオの咬む力は大型のライオンと同じくらいだといわれる(BBC)。一説ではライオンの3倍(Molly Kalafut)とも、ブチハイエナの2.5倍(Wroe,1999)ともいう。

 現世の有袋類で最大はアカカンガルーで Boomer(大きな雄)だと普通の姿勢で高さ1.6m、直立すると2.1mに達する。しかしプロコプトドンやステルヌスはアカカンガルーより遙かに大きかった。
 プロコプトドン Procoptodon goliah は太く長い尾を持っていてその点では今のカンガルーに近い体型だが、顔が短く、また後足の指は1本だけだった。今のカンガルー同様、草を食べていた。プロコプトドンは体長1.6−1.8m、直立すると高さ2.5mくらいあっただろう。
 ステルヌス Sthenurus tindalei はもっと大型のどっしりした体格で推定体重200kg、直立した時の高さは3mに達した。尾は短かった。後脚で立って木の葉を食べていた。

 米国ブラウン大学は、3万年ほど前までオーストラリアに生息していた巨大カンガルー(now-extinct sthenurine kangaroos)は、現在のカンガルーのように跳躍して移動するのではなく、後脚で二足歩行をしていた可能性が高いと発表した。その成果は同大学 のChristine Janis 教授を中心として研究グループによるもので、米科学誌「PLOS ONE」に掲載された。
 ジャイアントカンガルーと総称される大型絶滅種のグループは、最大で体重が推定240kg、ウサギのような丸顔だった。同研究チームがさまざまな種類と時代のカンガルーやワラビーの骨格140体を入念に調査したところ、骨盤の大きさから判断して、現代のカンガルーよりはるかに筋肉量が多かったと推測され、足首とひざの関節は、片足ずつ体重を乗せて移動するのに適した構造をしていた。これらの研究成果から Sthenurine はその巨体と体の構造上、飛び跳ねて移動することが難しかったと結論付けられた。
 Janis 教授は「2足歩行は、跳ねて移動するよりスピードが遅いし、長い距離の移動に適していない。彼らが歩いてしか移動でなかったため、人間のハンターから逃れることができなかったことも、絶滅した理由のひとつと考えられる」とコメントしている (jijicom)。※ 上田さんから知らせていただきました。

 ティラコレオは同時代の他の地域の肉食獣、たとえばスミロドンなどと較べれば小さい。更新世のオーストラリアの大型の肉食獣は、北アメリカやアフリカに較べてその種類数は少ない。しかしこれはオーストラリアが島大陸故の特性だとされる。
 更新世に入る前、300〜500万年前の南アメリカも孤立した大陸だった。この頃には南米でも大型肉食獣は少なく、最大のものでも体長1.2m、体重60kgほどのティラコスミルス Thylacosmilus だった。これも肉食性の有袋類で、15cmもある牙を持っていて、外見はサーベルトラそのものだ。しかし北米と地続きとなると瞬く間に北方から大型の肉食獣が流入した。オーストラリアにはこの流入がなかったのだ。

 4万〜1万年前にオーストラリアに移住してきた人類が当時の大型有袋類を絶滅させたのだとよくいわれている。これについてシドニー大学の Stephen Wroe と Judith Field(2001)は肉食性有袋類の多様性は中新世の前半がピークであり、人類が到達するずっと以前から既に減少傾向にあったと反論している(Mystery of Megafaunal Extinctions Remains)。先住民がオーストラリアにやってきた時には、大型の肉食獣といえるのはフクロオオカミだけであり、これの絶滅に責任があるのは先住民ではなくヨーロッパからの移民なのだから。

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