1845年、ドイツ人の化石採集家で自称 "Doctor" Albert Koch はアラバマで発掘された巨大な動物の骨を使って全長34.8mの大海蛇 Great Sea Serpent の骨格を組み立て、聖書に登場する巨大な怪物 Behemoth of the Bible と称してヨーロッパ各地で見世物興行をおこない成功を収めた。これは模型ではなく、実際に発掘された化石を使っていたので、当時の人々には信憑性が高いものとして受け止められたようである。
Koch はさらに本物らしさを補うべく、エール大学の Benjamin Silliman 教授にちなんで Hydrachos sillimani と命名したが、当の Silliman から抗議でもあったのか、後に Hydrachos harlani と改めている。バシロサウルスの発見者 Richard Harlan はその時既に没していたので抗議を受けることはないだろうと考えたのかもしれない。
その3.5トンの骨格は後にベルリンの自然史博物館に贈られた。そこで旧約聖書ヨブ記のレバイアサン Leviathan が古代クジラの骨で作られたものであることが判明した(Daniel Cohen, 1975)。
↑アラバマで見つかった全長17mといわれる Basilosaurus cetoides の復元(スミソニアン博物館所蔵標本)。2個体の合成骨格なので正確なサイズはわからない(Desert Egypt Safari)。
1832年、ルイジアナで発見された28個の背骨を元に、アメリカの古生物学者 Richard Harlan はその化石の主を爬虫類の王を意味するバシロサウルス Basilosaurus と名付けた。1834年にはアラバマでもっと保存の良好な骨格が見つかり、フィラデルフィア自然科学アカデミーはこれはトカゲではなく、肉食性のクジラであると断定した(ADAH)。
そして1839年にイギリスの Richard Owen が新たにゼイグロドン Zeuglodon と命名した。学名は先につけられたものが有効とする原則に従えば、バシロサウルスが使用されるべきだが、爬虫類ではないのだから誤りであることを優先すればゼイグロドン、ということで今日でも両方とも使われている。
新生代始新世、今から3500〜4000万年前に大西洋に棲んでいた原始的な歯クジラ、バシロサウルス Basilosaurus cetoides は比較的細身で、首は短く、胴体と尾は非常に長い。1961年7月、アラバマでほぼ完全な骨格が発見されており、その頭骨は1.8mもあり、全長は18mだった。他にも部分的な骨が幾つも見つかっており、中には全長21mと推定される個体もあった(Wood, 1982)。
体重は一説に50tとも80tともいうが、これはバシロサウルスの細長い体型からはあり得ない数字だろう。17tくらいというのが妥当と思われる。
バシロサウルスはその祖先が陸生動物だったことを示唆する、小さいながらも後脚を持っていた。足には指もあった。しかし既に無用のものになっていた。おそらく体の外からは見えなかっただろう。現在のヒゲクジラ類と一部の歯クジラ類はまだ後脚の痕跡を残しているが、多くの歯クジラ類では全く消滅してしまっている。
バシロサウルスはその長い体をうねらせて大海を悠々と泳いでいたことだろう。しかし今日のクジラのように深海に潜ることには適応していなかったといわれる(Josef Benes, 1979)。もっともマッコウクジラのように深い海で魚やイカを追っていたとする説もある(Savage, 1988)。
日本でも古代クジラ類 Aetiocetus の化石が発見されており、バシロサウルスが日本に棲んでいた可能性も示唆されている(鹿間時夫、1979)。現在のところ日本でバシロサウルスの骨格が見られるのは東京・上野の国立科学博物館だけのようである。
上野の国立科学博物館には全長約19mのバシロサウルス Basilosaurus cetoides の骨格が展示されている。ルイジアナとミシシッピーから出土した2個体を合成したものである(右はティロサウルス)。
←翌年からの公開を控えて組み立て中のバシロサウルス(ミシガン大学自然史展示博物館)。
2011年4月、ミシガン大学でバシロサウルスが展示された。1987年にエジプトの Wadi Hitan(クジラの谷)として知られる砂漠で見つかった骨格で全長は約15mである。2005年から、Egyptian Environmental Affairs Agency と共同で発掘が行われた。
B. cetoides は北アメリカ以外では発見されていないが、近縁種 B. isis の化石がエジプトから多数出土している。
2016年1月、エジプトに Wadi El Haitan Fossil and Climate Change Museum がオープンした。場所はカイロから150kmほど南西の Fayoum 砂漠のいわゆるクジラの谷(ユネスコ世界遺産)である。博物館の玄関ホールには2体の巨大な Basilosaurus isis のほぼ完全な骨格が発見されたままの姿で展示されている。どちらも約20mあるという(エジプト today)。