現代の日本には、ライオンよりはるかに大きい赤褐色の大猛獣が、ざっと2000頭も生息している。日本より広大なケニヤでもライオンは2000頭ほどしかいない。トラに至っては、今やアジア全体で3000〜5000頭しかいないのだ。人食いも辞さない(正確にいえば人も獲物のリストに含む)そんな猛獣がわが国には、少なく見て2000頭は生存し、繁殖し、活動を続けている(実吉達郎)。これはすごいことではないだろうか。
 もう20年ほど前になるが、北海道で檻に入れられていたヒグマを見た時、その迫力に圧倒されたものだった。大きいだけでなく非常に精悍で強そうだった。実吉氏は、トラ、ライオンは剣豪であり、ヒグマは力士だと喩えられたが、檻の中のライオンは、刀を持たぬ剣豪にしか見えなかった。
 日本の動物図鑑では北海道のヒグマをエゾヒグマ Ursus arctos yesoensis としているものがほとんどだが、その意味合いはかなり薄れていないだろうか。北海道が島になって12000年。この間の地理的隔離を長いと見るか、たいしたことがなかったとみるか。

 2015年9月下旬、北海道紋別市のトウモロコシ畑で400kgもある大きなヒグマが捕獲された。
 8月頃から畑や民家近くでヒグマの足跡が見つかり、市や警察がパトロールを強化していた。コーンの食害に悩んだ農家の依頼により、猟友会のハンターが9月26日にしとめた(産経ニュース)。
※ わたぴーさんから知らせていただきました。

 エゾヒグマは北海道と南千島(国後、択捉)にすむ亜種として、1897年にイギリスのライデッカーが命名している。
 しかしやはりイギリスのポコックは、1932年に大英博物館所蔵の北海道産ヒグマの頭骨を調査し、北海道産固有の特徴とされている事項が、東シベリアや中国東北部産にも共通して見られるとして、独立の亜種とすることに異議を唱えた。

 サハリン産のヒグマの雄7頭の頭骨基底全長は平均で370mmあり、北海道産よりも明らかに大きい。北海道とサハリンのヒグマの形態上の相異は、北海道各地で見られる地理的変異を上回っており、これからもエゾヒグマを独立した亜種と認めることができる(北海道大学ニューズレター 2004)との説もあるが。
 犬飼哲夫・北大名誉教授(1987)は北海道におけるヒグマの生息数を2000頭前後と推定している。同氏は昭和30年代までは3000頭と推定していた。ヒグマの生息地が30%ほども減少したためだ。

 2013年6月、北海道庁は12年ぶりのヒグマの生息数調査の結果を発表した。それによると推定生息数は2244〜6476頭で前回調査の約2倍になっている。近年、目撃数や捕獲数が増加傾向にあり、北海道でヒグマが増えているという(Sappoko)。


三毛別ヒグマ事件

 北海道では、家畜の被害はもとより、人が殺される事故もコンスタンスに起こっていた。人が死に至る事故としては沖縄・奄美のハブと並ぶものだった。大正4年(1915)12月に北海道・苫前村の三毛別で、6人が殺され、3人が重軽傷を負うという、北海道でも未曾有の事件が起こっている。この金毛グマは非常に大きかった。身の丈9尺(2.7m)と伝えられているが、正確にはこれは立ち上がったときの高さではない。吻端から後足の踵(指先?)までを測っている。直立した時の頭頂までの高さは2.7mを下回っていたはずである。また体重は90貫(338kg)だったといわれている。
 大きなクマほど、冬眠に備えて十分な蓄えが必要になるが、このヒグマは冬眠に入れなかったいわゆる穴持たずだった。ようやくクマを仕留め、ウマに死体を引かせようとしたがウマが怖がって言うことを聞かなかった。橇に乗せてクマを運ぶ一行が村に帰りつく頃、にわかに猛吹雪になった。この辺りではその後も12月14日には毎年嵐があり、それを熊嵐と名づけたという。

 2007年11月9日、北海道・日高の「猿留(さるる)川さけ・ます孵化場」で、体重が520kgもある巨大なヒグマが箱罠に捕獲されたと北海道新聞が伝えた。推定17歳の雄で、体長195cm、体高110cm。「こんなクマは過去30年間、見たことがない」と地元猟友会は話す。
 同孵化場では遡上してきたサケを蓄養池で採卵用に飼育している。今回捕獲されたクマは昨年から出没して池を荒らしていたという。このため、町を通して猟友会に駆除を依頼。鉄製の箱わなを昨秋設置し、体重200−300kgのクマ3頭をすでに捕獲、駆除してきた。北海道史上最大かもしれないこのクマも逃がすと再びやって来る可能性があるため11日、射殺した。
※ 祥子さん、@ざりがにさんから知らせていただきました。

 なんと惜しいことを、と言わざるをえない。野生のエゾヒグマで、それも体長195cmの個体で、体重520kgというのは俄には信じがたい数字である。殺さずともどこかで飼育することはできなかったのだろうか?
 11月ともなればヒグマは太り始める。冬眠間近の頃なら夏場に比べて体重が25%ほど増加しているといわれる。食糧事情に恵まれていた(?)このヒグマは以前から肥満していたのだろう。それでも520kgというのは動物園のクマ以上に太っている(登別クマ牧場にいた体長160cmの雄で320kgもあった例もあるが)。
 なお北海道新聞によれば、1982年にも古多糠の牧場で子牛3頭を襲ったクマの捕獲記録が残っておりその体重約500kgという。
 北海道東部で2007年に捕獲されたヒグマの剥製。高さ2.4m、体重は390kgもあった

 エゾヒグマは日本では最大・最強の野獣であるが、世界のヒグマの中では小さい方だといわれていた。小原秀雄氏(1968)は、雄で体長2m前後、体重200−300kg。ヒグマとしては中近東のシリアヒグマについで小兵の部類に入ると言っている。北海道新聞社の「よいクマわるいクマ」(2006)でも、北海道では普通200kg前後、大きいクマでも300kg前後と(世界的に見て)小型です、とある。

 2007年4月、北海道猟友会の原子一男氏によって有害駆除されたヒグマ。体長2.5m、体重450kg。このクマは秋の終わりには550kg以上になっただろうという
 エゾヒグマは近年大型化しているといわれる。特に旭川以北と知床半島に大きな個体が集中しているという。温暖化等で積雪が少なくなったことにより、エゾシカの越冬が容易なものとなり、爆発的に増加。それを捕食するエゾヒグマも高蛋白質を頻繁に摂取し、更にはデ ントコーン等の高栄養食物の摂取も相まって体格が飛躍的に巨大化しているのだそうだ。
 一方、エゾシカの少ない地域では、エゾヒグマもあまり大きくはならず、特に道南部(函館等)のエゾヒグマは雄でも200kg以下の個体が少なくなく、気性も荒いという。
※ 北海道の原子氏との親交が篤く、秋田県でツキノワグマ等の生息調査や有害駆除及び狩猟に携わっておられる sako75 Deluxe さんから知らせていただきました。

2008年10月23日、知床で体重400kgもある(トラックスケールでの実測)ヒグマが捕獲された。このヒグマは、サケマス捕獲施設内に設置された捕獲器具を8月下旬より2ヶ月間に渡り、計10回近く破壊していた。施設に勤務する人には被害はなかった。
 体長2.1m(直線)、推定15歳以上の雄で、皮下脂肪の厚さは10cm近くあったが、冬眠までまだ日があることからさらに太った可能性が高い(南知床ヒグマ情報センター)。
 このヒグマの前足(掌)の幅は17cmあったそうだが、10月30日にも17cmの足跡が見つかっている。まだ市外付近を活動している個体だが幸いも人家付近までは出てきていない。
※ Fujimoto さんから知らせてただ来ました。

 北海道南部・渡島支庁管内で2000〜2003年に捕獲された成獣のヒグマの平均は、雄で体長153cm、体重150kgくらい。同じく雌は137cm、110kgほど。しかし時には巨大な固体も出現し、最大のものは390kgもあった(渡島のヒグマ)。
 渡島半島産の雄3頭で体長173〜202cm、体重119〜172kgの測定例がある。雄の平均体長153cmは小さすぎると感じられる。まだ成獣ではない個体も含まれているのでは。

 今年(2008年)は知床では大型の個体ばかりが捕獲されており、最近はヒグマの大型化が顕著であるという(Fujimoto、私信)。

体重(kg) 体長(cm) 前掌幅(mm) 備 考
340 220 170 公営住宅まで40m、特老施設の10m横、また農家の1m横まで近づいていた。
335 190 160
280 210 165 おそらく9/18に人身事故を起こしたと思われる個体

 犬飼哲夫氏(1987)によればこれまで北海道で捕獲された最大(体長)のヒグマは、1980年5月に羽幌管内で辻氏と大川氏が獲った14−15歳の雄で243cmあった。
 木村盛武氏(2001)によるとこのクマは8年も追跡され、幻の巨グマと称された北海太郎で、体長230cm?、体重は推定で450kg。また前足の幅17cm、爪は95mmだったという。
 苫前町郷土資料館に剥製が展示されている()。動物園のヒグマに比べるとむしろ痩せて見える。もっとも剥製はどうしてもスリムになりがちであるが。
 また犬飼氏は、道内で捕獲し実測した最も重いヒグマは、1974年8月に静内町で行方氏が撃ちとめた12−13歳の雄で404kgだったとされている。8月でこの数字はかなり巨体である。

 
 2011年5月25日、標津町で405kgのヒグマが捕らえられ、GPS発信器をつけて放されている(海別岳)。
 体長195cm、前足の幅176mm。成長しきった雄のエゾヒグマとしては標準的な体格で、しかもまだ5月。相当に食糧事情がいいのだろう。首回りが太く制作していた発信器では間に合わないほどだった。
 写真と情報はNPO法人-南知床・ヒグマ情報センターの藤本さんから提供されました。


 2013年1月18日、北海道東部太平洋岸の山林で体重430kgもある雄のヒグマが狩猟により捕獲されている。ハンターは南知床・ヒグマ情報センターの職員で、ハンター歴40年を超えるベテラン。
 また昨年、南知床・ヒグマ情報センターの生体捕獲調査により、野生のヒグマの年間の体重差がかなりのものであることも確認されている。8月の最も軽い時期で190kgだった個体が、冬眠前には305kgになっていたとのこと。実に60%の増加である。
※ 南知床・ヒグマ情報センターの藤本さんから知らせていただきました(写真も)。


 ホッキョクグマも同様だが、ヒグマも雌は雄よりかなり小さい。最大の記録の一つは、1985年10月に行方氏が静内町で撃った8−9歳の個体で体長186cm、体重160kgである(犬飼、1987)。体長はともかく、体重は160kgを超えるものもいそうな気がするが確かな計量例は見当たらない。
 登別クマ牧場の1975−1989年の統計では、11−14歳の雌60頭の平均体長が173cm(153−196)、62頭の平均体重が163kg(129−221)だった。飼育下のクマは野生のものより太っているのが普通だから、160kgを超える野生の雌はめったにいないのだろう。

体重(kg) 体長(cm) 備 考
450? 232 1973年5月、石狩郡当別町。剥製は当別町郷土資料館に保存されている。
400 198 2002年11月5日に知床半島基部の斜里岳山麓で捕獲された。直立した時の高さ225cm
375 1923年8月に石狩の沼田村に現れ、4人を殺し、4人に重傷を負わせた。毛皮が雨竜郡沼田町の郷土資料館に保存されている。
370(推定) 2001年12月に十勝管内陸別町で捕獲。
367 223 2009年11月に道東の標津町近くで罠にかかっているところを麻酔銃で捕獲。
360 210 2007年11月24日に標津町の林でハンターによってしとめられた。足跡から1月ほど前にウシを襲ったクマと見られる(北海道新聞)。
※ わたぴーさんから知らせていただきました。
335 225 北海道猟友会の原子氏が有害駆除で射殺。
310 192 1998年5月19日に知床半島の羅臼町で捕獲。
300(推定) 220 2001年5月10日に日高管内門別町庫富の山道で、道猟友会門別支部のハンターが射殺した。そのヒグマの下で一人のハンターが死んでいるのが発見された。頭をヒグマに殴られたとみられ、頭部が陥没し即死状態だった。
274 2003年8月下旬、知床岬付近に仕掛けた檻で捕らえた。
250 170 2001年11月に中川町で捕獲。

1970年9月、北海道・色丹半島でスイカ畑を荒らしたため射殺されたヒグマ。体長2.5m、体重400kgもあったという(読売新聞)。



 北海道、登別温泉のクマ牧場には多数のヒグマが飼われている。木村盛武氏(2001)によると、1977−1986年の間に死亡した137頭で最大のものは体重440kgで、体長は220cmだった。飼育下のクマであるから太ってはいるが、それでも1体重300kg以上あったのは21頭だけだった。
 2004年現在飼育されている中では体長2.3m、体重420kgの雄(15歳)が最大。雄は29頭いて平均体重300kgとか。
 ヒグマは4歳以上なら成獣であるが、雌で10歳くらい、雄では13歳頃まで成長を続ける。平均体長で見ると、4−6歳の雄は191cm(雌は160cm)だが、11−14歳では雄は209cm(雌は173cm)になっている(登別クマ牧場1975−1989での測定)。

国後島で白いヒグマが撮影される

 2009年10月、国後島を訪れていた生態系専門家らの訪問団が、国後島と択捉島にしかいないとされる白いヒグマの撮影に成功した。同島の爺爺岳周辺のオンネベツ川河口付近に設置した自動撮影装置が、現地時間23日午前6時ごろ、白いヒグマの右半身を撮影()。雌雄の区別は不明だが成獣とみられる。
 NPO 法人「北の海の動物センター」会長の大泰司紀之北大名誉教授によると、体が白いと川魚から警戒されにくいため、魚を捕まえやすい。一方、子グマの天敵となるオオカミから見つかりやすくなってしまうが、国後、択捉両島にオオカミはいない。このため白いことが生存に有利で、遺伝子が受け継がれてきた可能性があるという。
 遺伝子の突然変異で生まれつき色素がないアルビノではなく、国後島のヒグマ約300頭のうちほぼ1割が白いヒグマとみられる(47News)。
※ まぼさんから知らせていただきました。

 2010年9月にも日本人の哺乳類専門家らの調査団が、白いヒグマ3頭の全身撮影に初めて成功し、21日に画像を公開した()。調査団によると、3頭は耳や肩が白く、いずれも成獣とみられ雌雄は不明。国後島北部の太平洋側の保護区で撮影し、カラフトマスを食べる様子も収めた(47News)。
 今回の写真で見る限りでは北海道でも時々見られる銀毛と呼ばれるタイプに似ている。アメリカの典型的なハイイログマ(グリズリー)もこのような感じだ。もともとヒグマの毛色は個体変異が多く、光線のあたり具合でも微妙に変化する。首や前胸部を白い毛が一周したもの、さらにこれが肩まで広がっているものもあり、ハンターは昔からこのようなヒグマを「袈裟掛け」と呼んでいた。

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