アフリカにクマがいないのは不思議なことだが、しかしずっといなかったわけではない。新生代第三紀鮮新世(300万〜1200万年前)のユーラシア南部と北アメリカにはアグリオテリウムという原始的で脚の長いクマがいた。このアグリオテリウムがアフリカに進出したのは600万年ほど前のことだった。エチオピアでは440万年前のヒト化石の遺跡からも報告されている。鮮新世後期にはケープに至る全アフリカに拡がっていたようだ。 南アフリカのアグリオテリウム Agriotherium africanum は現代のアラスカヒグマよりも大型で頭骨の長さ45cm、直立すると高さ3m、推定体重750kgに達した。歯の構造は現代のクマに近いので雑食性だったようだが、クルテン(1971)は現代の多くのクマよりも捕食性であったろうと考えている。 |
南アフリカのランゲバーンウェグの遺跡で見つかったアグリオテリウムの骨格の復元(肩高1.3m)。現在のクマ類とよく似ていることがわかる。しかしアグリオテリウムの四肢は現在のヒグマよりも相対的にやや長く、また歯と頭骨の僅かな差異から、一部の専門家にとって、アグリオテリウムがもっと活動的な捕食者であったとみる根拠になっている(アラン・ターナー、2004)。 中新世のリビアからはアフリカ産のもう1種のクマ、インダルクトス Indarctos も出土している。このクマはユーラシアや北アメリカで数種が知られている。大きなものは肩高1.2mくらいあった。 |
Amphicyon giganteus アンピキオンは典型的なイヌ型のクマといえる。オオカミのような鋭い牙とクマのように頑丈な首を持っていた。現代のクマ同様、おそらく雑食性だったが、平原に棲み、強い脚で高速に走り、機会があれば他の動物を襲って捕食しただろう。 アンピキオンは北半球に広く分布し、30種以上が記載されているが、中新世(1200万〜2600万年前)のヨーロッパに現れた最大種、giganteus は頭骨の長さが39cmもあり、ヒグマ並の大きさ(肩高1.2m、体長2.2m)になった。 |
1 従来の分類(Simpson, 1943)では陸生の食肉目(裂脚類)は
イヌ上科に大別されていたが、このオーソドックスな分類法が崩れつつある。 |
2 今泉吉典氏(1991)は裂脚類を
クマ上科の3グループに分けている。 |
古い時代のクマにはイヌに似た体型をしているものが見られる。 新生代第3紀に北半球に広く分布していたアンピキオン Amphicyon 類は、四肢が長く指行性(踵を地に着けずに歩く)で長い尾を持ち、最近までイヌ科に分類されていたが、クマの祖先であると考えられるようになった。 しかしアンピキオンを除くと、イヌ科の古い化石種はネコ科の古い化石種と似ているので、イヌ科はネコ科寄りになってしまった。 |
現在でも Simpson 式が主流ではあるが、最近では学研の図鑑・動物(1999)が右の2の方式を採用している。
北アフリカにはごく最近までヒグマが生息していたことはよく知られている。このアトラスヒグマ Ursus arctos crowtheri は1844年が最後の記録になっているが、その後もアトラス山脈周辺で不確実な目撃例はいくつかあるようだ。 またマルセイユ動物園に1830年まで飼われていたのが飼育下では最後のアトラスヒグマになった。絶滅の原因は生息環境の悪化といわれている。 ところで今でも熱帯アフリカでクマの目撃談がある。東アフリカに住むといわれるヒグマに似た巨大グマ、ナンディベア Nandi Bear(チミセット)とはアグリオテリウムの生き残りだろうか? |