ショートフェイスベアArctodus simus
体長:2.7m肩高:1.7m新生代更新世(80万〜1万年前)

 更新世にはアメリカ大陸に大きなクマが現れた。現在のメガネグマに近縁なこのグループ Arctodus は顔が今のクマほどに突き出しておらず、Short-faced Bear または bulldog bear と呼ばれる。

 アルクトドスには何種類かあるが、アラスカからメキシコにかけての草原に棲んでいた最大種 Giant Short-faced BearArctodus simus)は史上最大のクマといわれ、そして更新世の北アメリカでは最大の肉食獣であり、後脚で直立すると高さ3.3mに達した。
 現在のクマ類に比べ脚が長くスリムでさえあるが、体重は春で600〜800kg、秋の終わりごろには1tを超えた(Brown, 1993)と推定されている。
←手前は現在のグリズリー(ハイイログマ)

 クルテン(1971)は非常にどう猛であったろうと述べている。その(吻部の短い)頭骨の形状や大きな牙はライオンを想わせるほどで、長さの割に幅の広い顎(つまりは両方の犬歯の間隔が広い)と併せ、大型ネコ族のような強靱な力で獲物を噛み砕いただろう。
 アルクトドスは非常に長い脚で高速に走って獲物を追いかけることができ、ライオンのような顎で噛み殺す捕食者だったようだ。死肉食だったとの説もあるが、走るのに適した長い脚は活動的な捕食者だったことを示唆している。
 一方でクルテンは南米にいたアルクトドスはがっしりした幅の広い歯を持っていて、おそらく貝を食べていただろうと考えている。


 アルクトドスがいつ頃出現したのかははっきりしていないが、80万年前には既に北米一帯に拡がりつつあった。まず最小種の Arctodus brasiliensis が現れ、南米から北へと分布を拡げていったものと思われる。また北アメリカには2種がいて、合衆国東部からメキシコにかけての森林にすんでいた Arctodus pristinus は体も歯も小さめで、口がやや長く現在のクマと同様に雑食性だったようだ。  Giant Short-faced Bear は大型の有蹄類−バイソンやジャコウウシ、トナカイ、ウマ−や地上性ナマケモノを襲ったり、その死骸をあさったことだろう。
 アルクトドスは最後の氷河期、1万年ほど前に絶滅した。発見されている最も新しい骨は12000年ほど前のものだ。北アメリカだと東部ではアメリカクロクマ、西部ではハイイログマとの生存競争に敗れたのだとの説もある。もっともこの時期には多くの大型獣が絶滅しているので、安易に生存競争のせいにするのはどうかと思われるが。

 南アメリカ西部に住むメガネグマ Tremarctos ornatus は現在のクマでは最も原始的な種であり、ショートフェイスベアに最も近い種類だ。メガネグマはかなり大きな雄で体長174cm、体重140kgである(E. P. Walker, 1968)。クマ類で最も草食性が強い種類だが、シカやグァナコ、家畜のウシを襲って殺したこともある。
 メガネグマに近縁でずっと大型の Tremarctos floridanus が更新世の合衆国南部とメキシコに棲んでいた。Florida Cave Bear と呼ばれるがヨーロッパのホラアナグマ(これはヒグマに近縁)とは異なり、メガネグマのなかまである。多くの化石が洞穴から見つかっているが、ヨーロッパのホラアナグマのように多数の個体の骨が固まって発見されてはいない。体重300kgもあったと推定されている。

 史上最大のクマの候補としては、北アメリカのジャイアント・ショートフェイスベアの他に、ヨーロッパ(更新世後期)のホラアナグマやアフリカ(鮮新世)のアグリオテリウム、それに更新世後期の(現在のものより大型だった)ホッキョクグマが挙げられる。ところが最近発表されたアルゼンチンのアルクトテリウム Arctotherium angustidens は体重1トン半、直立したときの高さが11フィート(3.4m)に達する巨大なクマだった。アルクトドスに近縁な種で南米ジャイアント・ショートフェイスベアと呼ばれている。

 化石は1935年にラ・プラタの病院建設現場で発見されていた。最近になりアメリカ・テネシー州ジョンソンシティーにある東テネシー州立大学の古生物学者ブレイン・シューバートが、同僚で南アメリカのクマ化石を専門とするアルゼンチン出身の古生物学者レオポルド・ソイベルソンと協力して再分析を行った。200万〜50万年前のこのクマは、上腕骨(長さ62cm、幅9cm)から推して体重が983−2042kgにもなり、間を取って1588−1749kgあたりが妥当だという。
 アルクトドス Arctodus simus の最大の標本は上腕骨の長さが594mmあるが幅は64mmである。長さでは5%ほどの差しかないが幅はアルクトテリウムの方が1.5倍近く大きい。これ以外の個体の骨にも1t前後と推定されるものが2体あるので62cmの上腕骨の持主が例外的な大物だったとはいえないだろう。
 南アメリカのアルクトテリウムには5種が含まれるが、A. angustidensはその中で最も古く、最も大きく、そしておそらくは最も捕食性の強い種だった(Soibelzon and Schubert, 2011)。

 現在では最大のクマであるホッキョクグマで最も大きかったのは、1960年にアラスカ北西部の Kotzebue 海峡の近くで撃ち取られた個体で、体重1002kg、直立したときの高さが339cmである。アルクトテリウムはこれとほぼ同じ身長ながら、体重が1.5倍も多いというのはいささか頷き難い。ショートフェイスベアはプロポーション的に四肢が長めであるから、身長が同じならその分胴は短くなり、圧倒的な体重差にはならないはずである。推定体重の下の方−983kg−に近いのではないだろうか。しかし暑い気候の下に暮らしていたアルクトテリウムは皮下脂肪はごく少なかっただろうから、1tのホッキョクグマがかなりの脂肪太りだったのなら辻褄は合うが。

 上腕骨がゾウとほぼ同じ大きさだというこのアルクトテリウム Hyena Bear は今回の分析により老齢の雄とも判明し、その一生を通じて何度か重傷を負いながらも生き延びてきたことがわかった。
 南米のショートフェイスベアは出現当時から既に巨大で、しだいに小型化していったが、北アメリカでは逆に大型化している。南アメリカでは餌が豊富でライバルもいなかったが、他のさまざまな肉食動物が進化して舞台に登場すると、一人勝ちだったショートフェイスベアもその環境に適応せざるを得ない。小型化が進み、現代のアメリカクロクマのように雑食動物に変わっていったという(ナショナル・ジオグラフィック)。

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