1984年5月17日、クマタカの若鳥がシカを襲った。植林地にいるニホンジカの後方から接近し、浅い角度で首筋をねらい急降下した。ニホンジカは植林地の下方に左右に飛びはねながら逃走し、若鳥は3回攻撃したがすべて直前でかわされた。
 ニホンジカの性別は不明であるが大型の成獣で、若鳥との体重差は20倍以上はあったものと思われる。親鳥からの給餌が行なわれなくなる時期のため若鳥は相当空腹であったことが予想され、それがこのようなハンティングを行なわせたものと考えられる(森本栄・飯田知彦「クマタカの生態と保護について」1992)。
 飯田氏によると、環境省の猛禽類保護センターが山形県で行った調査結果にもクマタカがニホンジカを餌として巣に持ち帰ったデータがあり、シカを時折捕食しているようだという。


 クマタカはほとんどイヌワシほどもあり(日本では雌のクマタカは雄のイヌワシとほぼ同大)、体型はオオタカに近い。ノウサギなどを易々と捕らえ、山形県の鷹匠はタヌキを捕らえるのに用いる。
 クマタカの狩はイヌワシやハヤブサなどに比べ、開けた場所でおこなわれることが少なく、観察しにくいものとされている。イヌワシの獲物探索行動は主に飛行型であるが、クマタカはどちらかといえば待ち伏せ型である。

 クマタカ属 Spizaetus は頭に短い冠羽がある大型のタカで、南アジア、アフリカ及び中南米に分布し、最大種クマタカ Hodgson's Hawk Eagle(全長65〜84cm)はセイロンからインド、ヒマラヤを経て日本まで生息する。北限である日本産は最大の亜種で平均全長が雄で72cm、雌は80cmに達する(榎本佳樹「野鳥便覧」1941)。森林生の鳥で翼は幅広く短い。翼開張は1.5m前後。

 クマタカの獲物は、森林内の地上にいるキジ、ヤマドリ、ウサギ、タヌキが主である。狩は豪快そのものだ。上空や樹上から狙い定めた獲物に向かって急降下し、翼をすぼめて低空を滑空して、背後から獲物の後頭部に爪の一撃を加え、文字通りワシづかみにする。暴れる獲物を両方の翼で押さえつけ、足で締めつけて絶息させる。
 クマタカのこうした狩のやり方は、鷹狩りとして重宝され、山形県などではクマタカを使った鷹狩りが、現在も僅かながら継承されている。
 クマタカが人の目に付くのは上空を帆翔している時だが、木の梢や枝に止まってじっとしていることの方がずっと多い。そのためかあまり見かけられないという。幅の広い翼であまり羽ばたかずに飛ぶ。森との結びつきが強いようで、飛び立ってもすぐに森に隠れてしまう。クマタカが生息できるような広い深い森林は、今の日本からは急速に失われようとしている。

 クマタカはノウサギやムササビの他、時にはキツネも捕食する。またニホンザルのクマタカに対する反応から、ニホンザルを襲うこともうかがえる。奈良県で実際にあったと報告されている(菊田、1984)。
 1997年7月13日、広島県でニホンザルが30頭ほどの群で餌を探していた。午後4時頃、クマタカが草むらから飛び立った。そこから殺されたばかりのサルの死体が発見された。サルは仰向けに倒れており、出血はしていなかったが、死体の周囲には毛が飛び散っていた。両眼は食べられていた。その日の夕方にもクマタカがサルの死体から飛び立つのが目撃された。
 15日の早朝、サルの死骸にあまり変化はなかった。ところがその日の夕方にはほとんど骨だけになっていた。子ザルが死体のあった地域に数日留まり、悲しげな声で叫ぶのが観察された。殺されたサルはその母親だったと思われた。殺されたニホンザルは7歳くらいの雌で、推定9.4kg。頭の左側に深い傷があった(飯田知彦「クマタカによるニホンザルの捕食」1999)。

 ニホンザルの研究者の間では、ニホンザルが出す警戒声の中にこれまで何に対して出されている声かわからなかったものがあったようだが、今回の報告があったことからその声が出された状況を詳しく分析してみると、どうも上空など近くにクマタカなどの大型猛禽類が飛来した時に出されている声であることがわかったという。
 つまりニホンザルはクマタカを天敵として認識しており、それに対する特別な警戒声を持っていたということだ。このことから考えると、これまでにはっきり確認されていなかっただけで、クマタカはかなり頻繁にニホンザルを捕食していると思われる(飯田、私信)。

 クマタカがニホンザルを捕食することはそう多くはないが、ニホンザルの行動からするとまた稀な事例でもないと考えられる。キツネは飯田氏の知る限りでは、すべて冬期の捕食なので、やはり冬期の餌が少ない時期に捕食しているのだろうという。それはまた捕食しているキツネはすべて成獣である事を意味する。

ニホンザル
 世界で最も北に棲むサルで、下北半島から屋久島まで分布している。体長50−65cm、体重8−15kg。

ニホンイヌワシ
 イヌワシは北半球の山岳地帯に広く分布し、亜種ニホンイヌワシが全国に生息しているが、繁殖が確認されているのは、岩手、宮城、群馬、新潟、石川、長野、兵庫の各県である(吉井正、1984)。個体数は500羽前後と推定されている。日本の他、千島や朝鮮にも分布し、これらの地域では数もやや多いといわれる。
 ニホンイヌワシは大陸産より小型で、全長は雄で81cm、雌が89cm前後。翼開張は1.7−2.1m(野鳥便覧)。

 クマタカは北海道、本州、九州で繁殖し、四国にも分布する。イヌワシに比べればまだその個体数は多いようだがそれでも900−1000羽にすぎない。


 クマタカは強力な大型猛禽で、日本ではイヌワシと並ぶ最強の鳥といえよう。日本のイヌワシとクマタカの双方は互いに相手をかなり意識して行動しており、行動圏が重複する場所では互いに出会わないようにしているようだ。そのためこの2種が争うところを見ることは極めて稀である。
 山形県鳥海山での調査では合わせて3ペアと思われるイヌワシの出現が、計265の調査用の地図メッシュで確認され、そのうち153メッシュが調査地のクマタカの出現メッシュと重複しており、イヌワシのどのペアもクマタカの行動圏内を共通の狩り場として利用していた。しかし利用メッシュがこれだけ重複していながら、この調査地でイヌワシとクマタカの争い(種間干渉)はこれまでに確認されなかった。これらのことから、イヌワシやクマタカほどの大型猛禽類になると、お互いに無用な干渉をさけるべく意識的に行動している可能性がある。
 イヌワシではつがいが協同してハンティングを行なうことが知られているが、クマタカは基本的に単独で行動しており、ディスプレイと繁殖行動以外でつがいで行動することはなく、協同してハンティングを行なうことはなかった(飯田)。
 クマタカとイヌワシが戦ったり、干渉したりすることは、稀にはある。通常クマタカは、飛来したイヌワシに対して向かっていかずに、林内に退散するなどして接触を避ける。しかし育雛中の営巣林にイヌワシが接近してきたときなどはこれを排斥しようとし、両者が空中で激突することがある。
 クマタカはイヌワシよりも体は小さいが体長に対する脚の長さの比率は大きくて、両者の脚の長さには差がない。つまりリーチはほぼ等しいので、イヌワシも真正面からクマタカに向かっていくのは危険だろう(今森)。

※ ページを作成するにあたり、広島クマタカ生態研究会の飯田氏から多くのデータや助言をいただきました。
※ 北陸鳥類調査研究所の今森氏からクマタカの貴重な生態写真を提供していただきました。

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