1965年夏、Zofia Kielan-Jaworowska 教授率いるポーランド−モンゴル探検隊は、Nemegt Basin で獣脚類のものとおぼしき巨大な腕を発見した。それは肩から爪までの長さが2.6mもあった。3本の指には竜脚類の柔らかい下腹部を切り裂けるような、長さ25cm以上もある鋭い爪が付いていた。

 詳細は不明なまま、その巨大な腕はデイノケイルス Deinocheirus mirificus と名付けられた。G. ポール(1988)は、ティランノサウルスの小さな前脚と比較して、この腕の持ち主が想像を絶する巨体だったと予想したくなる気持ちもわからないではないと言っている。そしてオルニトミムス類であるなら前脚が体の割に長いのは当然だが、それでも巨体の持ち主だっただろうと。
 この7400万年前の巨大な腕の持ち主は、比較的手が長く、3本の指がほぼ同じ長さなどの点でオルニトミムス類ではないかと考えられている。つまりダチョウ恐竜の巨大バージョンというわけだが、力強く鋭く曲がった大きな爪は、真っ直ぐでか弱い爪を持ったものが多いダチョウ恐竜とはかなり違うようにも思われる(D. ランバート、1983)。
 何にしても一対の腕しか見つかっていない以上、デイノケイルスがオルニトミムス類に含められるべきかどうかは定かでない(Savage, 1988)という状態である。

 オルニトミムスは白亜紀に、ユーラシアと北アメリカに生息していた中型のコエルロサウルス類で、ダチョウ恐竜とも呼ばれるように軽快な体格をした走行性の恐竜である。顎は嘴状で、原始的な種類を除けば、上下とも歯がない。また脳函が大きく、同サイズの現在のダチョウに匹敵する(冨田幸光、1999)。

 代表的な種としては、7000−8000万年前にカナダに棲んでいたストゥールティオミムス Struthiomimus altus がある。これは全長3.5−4m、高さ約2m、体重90−150kg。また7400万年前のモンゴルには、最大種ガリミムス Gallimimus mongoliensis がいてこれは全長4−6mに達した。

 オルニトミムス類の食性についてはまだよくわかっていない。昆虫などの小動物を捕らえていたとか、他の恐竜の卵を盗んでいた、あるいは植物の茎を食べていたなどといわれている。歯がほとんどなかったことからも純然たる肉食だったとは考えにくいが、ストゥールティオミムスの3倍もあった(全長10−12m、体重はおそらく3t以下)デイノケイルスが恐ろしい爪で、地面を掘り起こしてシロアリを漁っている姿もまた想像できない。

 2013年秋、デイノケイルスの全体像が明らかになってきた。韓国地質資源研究院の古生物学者が、2006年と2009年に、元の発掘現場の近くでデイノケイルス2頭分の化石を発見した。頭や脚は失われていたが、胴体はほぼ完全な状態だった。
 デイノケイルスはオルニトミモサウルス類の1種と確定し、全長約11m、直立したときの高さは5mに達した。しかも脊椎骨の分析結果から、背中に帆(またはバイソンのような隆起)を持っていた可能性があるという。
 元の発掘現場での再調査も試みられたが、肋骨の小さな破片に留まっている。破損の状況から、タルボサウルスの餌食になったようだ(ナショナルジオグラフィック)。

※ 上田さんから知らせていただきました。
デイノケイルス

 約7000万年前のデイノケイルスの新しい復元像は2014年10月23日付のネイチャーに発表された。2006年と2009年の2体を合わせると骨格の全貌がわかってきた。細長い嘴と、背中には大きな帆を持っていた。全長11m、体重6.4トンと推定されている。

 腹部には直径8〜87mmの小石が1400個以上見つかり、長い腕で植物を食べ、小石で消化していた他、腹には魚の鱗や骨もあったことから、水辺で魚も採っていたとみられる。雑食とわかった恐竜は初めてという。
 長い間、巨大な腕の化石しか知られておらず謎の恐竜だったデイノケイルス((「恐ろしい手」の意味)は、大型草食恐竜のように空洞の多い骨、肉食恐竜にみられる背中の帆、中型草食恐竜のような足と、さまざまな特徴を併せ持っていた(ナショナルジオグラフィック)。
デイノケイルス

約7000万年前のゴビ砂漠

  先のポーランドによるデイノケイルスの発掘場所で「まだ掘り残しが見つかるかもしれない」として発見された肋骨の破片。その腹肋骨にはデイノケイルスが肉食恐竜に食べられた時の噛み痕が残されていた。その痕に一致する歯の持主は、タルボサウルスをおいて他にはない。先に発見された肩や腕の骨には噛み痕がない。一方、腹部に位置する腹肋骨に噛み痕が集中しているのは、タルボサウルスがその辺りを食べていたことを示している(未知の恐竜を求めて)。



 モスクワの古生物博物館には、不完全ながらそれでも長さ70cmもある恐竜の爪が保存されている。1948年にモンゴルの Nemegt Basin で Efremov 率いるロシアの探検隊が発見した。生きている時には固い鞘に包まれて、この爪は1mくらいもあっただろう。すべての動物の爪で史上最大である()。
 発見当初は、7000万年前のこの爪の持ち主はどれほど巨大な肉食恐竜かと想像をかき立てられたようだが、後に前足の指の骨なども見つかり、アリクイに似た姿のセグノサウルス類と鑑定され、テリジノサウルス Therizinosaurus cheloniformis と命名された。

テリジノサウルスの爪

 テリジノサウルス自体は、爪を含めた前脚しか見つかっていないので、全身像はデイノケイルス同様不明だが、同じグループのセグノサウルスなどを基にして全長8−11mと推定されている(Dougal Dixsonm, 2007)。

テリジノサウルスの腕

テリジノサウルスは前脚しか見つかっていないが、それは全長2.4mもある(モンゴル科学アカデミー)
 テリジノサウルスはその強力な爪で、カモノハシ竜などを襲っていたかもしれないが、おそらくはオオアリクイのように爪で蟻塚を砕き、中に群棲しているありを貪っていたともいわれる(ランバート、1983)。
 Rozhdestvensky(1971)はこの大きな爪の主でも、水を飲みに行った時などに、より強力な肉食恐竜の餌食となっただろうと考えている。

 トーマス・R・ホルツ(2007)はテリジノサウルスは植物食だったと考えている。強い腕で木の枝をつかみ、嘴でその葉や果実を摘み取ることができた。いくつかの点でこれらはアメリカ大陸に住んでいたオオナマケモノと似ている。それ故、ホルツはこれをナマケモノ恐竜と呼んでいる。オオナマケモノもテリジノサウルスも体が大きく、重く、動きが遅かった。大きなかぎ爪は木の枝を掴むのに用いられただろう。また、テリジノサウルス類は動きが遅いため、捕食者から走って逃げることはできなかった。テリジノサウルスの90cmもある爪は植物を手に入れる用途には大きすぎるが、タルボサウルスから身を守るためと考えれば説明がつく。

 草食性と考えられているセグノサウルス類は、最近まで草食性だが獣脚類の異常型だと強く主張されていた。しかし足の指が4本あるという事実だけでもこの説が正しくないことを示している(獣脚類の足は普通3本指である)。
 テリジノサウルスも肩胛骨と前脚の骨はセグノサウルスに似ているので、それに含まれるかもしれない(G. ポール、1988)。

 日本でもテリジノサウルス類と思われる爪の化石が見つかっている。2000年の秋に北海道の天塩川水系で約8300万年前の地層から、2個の爪と指の骨数個が発見されたのである。このうち1個の爪は、先が欠如しているものの、ほぼ完全な形で残されており、長さは約14cmある(中川町エコミュージアムセンター)。
 モスクワ古生物博物館にある爪とは比べるべくもないが、これはセグノサウルス科の恐竜というべきなのだろう(セグノサウルス科をテリジノサウルス科と呼ぶこともある)。
 テリジノサウルス類の化石は熊本県でも歯と頭骨の一部が見つかっているが爪は初めてだという。

HOME