デイノニクスを初めとするドロマエオサウルス科の恐竜は、全時代を通して最も驚嘆すべき(extraordinary)肉食動物であり、後足に備わった鎌のような爪が獲物をしとめる手法を他の獣脚類から大きく変革させている。1969年にこの「走るトカゲ」が初めて完全に記載されたとき、恐竜が愚鈍な爬虫類だという古いイメージは覆された。ドロマエオサウルス科の肉食恐竜は、全時代を通じて最も速く、荒々しく、身軽なハンターだったことがわかったのである。足の第2指に巨大な爪 Killer Claw を持ち、(獣脚類としては)長い腕から突き出た手には、爪の生えた3本の指があり、ものを掴むのに適していた。鋭い歯を持ち、脳は一般の肉食恐竜よりも大きかった(デビッド・ランバート、1983)。


福井県立恐竜博物館(全長2.7m)
 デイノニクス(全長3.3m、高さ1.8m、体重70kg)は1964年にアメリカのモンタナで発見され、1969年にエール大学の John Ostrom によって記載された。大型の草食恐竜・テノントサウルスの周囲に、3頭分(別の説では5頭)のデイノニクスの骨が散らばっていた。
 デイノニクスの長い尾は、骨化した腱によって支えられ、後ろにぴんと伸ばしたまま走ることができた。ドロマエオサウルス科の恐竜は最も堅い尾を持った動物の一つである。大きな脳の制御の下で爪や尾を独特な恐ろしい方法で用いて、獲物を殺していたのだろう。獲物に飛びかかると、逃さないように腕で掴み、爪を食い込ませて押さえ込み、強烈に蹴りつけただろう。彼らは片足で立ちながらでも攻撃することができた。大きな脳が自動的に姿勢を抑制し、堅くなった尾がバランスをとるのを助けたからである。この残忍な狩猟者は、白亜紀の北方大陸で最も恐ろしい肉食動物の一つであったに違いない。

 白亜紀初期に登場した活発な獣脚類は、後足に鋭い爪を持ち、ダチョウに似たスタイルの Maniraptorans −いわゆるRaptors はおそらく現在の走鳥類のようだった。彼らはたぶん温血で、羽毛に覆われていただろう。
 デイノニクスは合衆国各地から9個体以上の骨格が知られている。最も注目されているのは、デイノニクスと共にテノントサウルスの残骸が見つかっていることである。これはデイノニクスが群で狩りをしていたことを示唆するものだ(Dougal Dixon, 2007)。


 デイノニクスの骨がテノントサウルスと共に見つかったことについて、複数のデイノニクスがテノントサウルスに襲いかかり、激しい戦いの末、両方とも倒れたと考えられた。しかし何頭もの犠牲者を出すような捕食活動は考え難いので、あるいは獲物をしとめた後、餌を奪い合って仲間に殺された個体の骨かもしれない。または戦いの時に突然天災に見舞われたのだろうか。いずれにしてもテノントサウルスとデイノニクスが捕食関係にあったことをうかがわせる。
 上はデイノニクスがテノントサウルスを襲う様子を再現した展示だが、全長6−7mのテノントサウルスに比べて、デイノニクスが小さすぎないだろうか。

 デイノニクスの後足には4本の指があり、どれにもかぎ爪が着いていた。内側から2番目の指に、その名(デイノニクス)の由来となった恐ろしい爪があり、長さ13cmもあり、これだけは上下に150〜180度も動かすことができた。走るときにはこれを持ち上げていた。爪をロックするような構造になっていたのかもしれない。攻撃するときには1本足でバランスをとり、皮を切り裂く猛烈な蹴りを放った。
 白亜紀の草食恐竜にとっては、大型の肉食恐竜よりも、デイノニクスの方が恐ろしい敵だったかもしれない。現在でいえば、シカやレイヨウにとってはドールやリカオンの方がトラやライオンよりも恐ろしいように。
 最近の復元−Dixon(2007)やホルツ(2007)−ではデイノニクスは羽毛に覆われて鳥のような姿になっている。羽毛を持っていた可能性はあるが、確認されたわけではない。

 デイノニクスの発見は、恐竜は知能の低い変温動物だというこれまでの考えを覆すきっかけとなった。彼らが集団で狩を行ったとすれば、リーダーがいて、仲間同士のコミュニケーションもとられていただろう。それにはかなり高い知能が必要だ。事実、デイノニクスの脳が非常に大きかったことは頭骨からも推測されている。ここから恒温動物説が生まれた。

ヴェロキラプトル

 獰猛なハンターだったドロマエオサウルスの骨格には、アルカエオプテリクスなどの原始的な鳥類に似たところがある。そのためドロマエオサウルスと近い関係にあるコエルロサウルス類を鳥の祖先とする説が浮上した。
 1990年代に中国の遼寧症で、いわゆる羽毛を持つ恐竜の化石が見つかっている。コエルロサウルス類に属する小型の恐竜だった。このためだろうか、ヴェロキラプトルも最近の復元では羽毛を持った姿になっているが、今のところ確証はない。

 白亜紀後期のヴェロキラプトルはドロマエオサウルス科最後の種の一つで、化石はモンゴルを中心に多数出土している。ヴェロキラプトルはアメリカ自然史博物館の探検隊が、1924年にモンゴルで発見したのが最初だが、ヴェロキラプトルを有名にしたのは1971年にプロトケラトプスを抱え込むような姿勢で見つかった化石だ。ポーランド−モンゴル探検隊がゴビ砂漠で発見した。両者は戦いの最中に砂嵐に襲われたものと見られる。ヴェロキラプトルは相手の腹に蹴りを入れようとしており、プロトケラトプスは相手の前足にかみついた状態のまま化石になっている。 ヴェロキラプトルvsプロトケラトプス

 もう一つ有名なのが2頭の子が別の恐竜の巣を襲っている最中に息絶えたもの(卵か孵化したばかりの子を狙っていた)。これから推すとヴェロキラプトルは成体でもプロトケラトプスの卵か幼体を食べていたかもしれない。
 ヴェロキラプトルは細長い顎に80個の鋭い歯を持ち、手の3本の指にはワシのような爪があり、さらに後足の第2指に装備された爪は9cmもあった。これは今の世界では最強の猛禽、オウギワシの爪と同じ大きさだ。一方で、ヴェロキラプトルは長い尾を含めても全長1.8mほどである。それでもイノシシくらいはあったプロトケラトプス(大きなものは全長2.7m、体重180kgに達した)を獲物にしようとしたのだろうか。それとも卵を盗もうとして巣に侵入し、母親との争いになったのだろうか?

ユタラプトルBBC

 ユタラプトルの化石は、映画「ジュラシック・パーク」の撮影中に発見されたため、この映画に登場するヴェロキラプトルが大きすぎるとの批判を抑えるのに役立った(BBC, 2006)。

ユタラプトル Utahraptor ostrommaysorum はいわばデイノニクスの大型版でそのほぼ倍の大きさがあった。推定全長6−7m。ユタ州東部で発見された1個体分の骨から1993年に記載された。見つかっているのは頭骨(一部)や手足の爪、幾つかの尾椎などだ。
 ユタラプトルはこの仲間(ドロマエオサウルス科)では最大の種で、最も初期のものである。この後、時代と共にこの仲間は小型化している。
 ユタラプトルの手はデイノニクスと比べて相対的に大きく、その爪はより鋭く、狩に際しては足の爪と同じくらい重要な働きをしただろう。脚はもっと大型のアロサウルスの脚よりも太く、ユタラプトルがスピードよりもパワー型のハンターだったことを示している(Dixon, 2007)。
ユタラプトル

 白亜紀前期、1億2500万年前のユタラプトル。その非常に大きくて、薄く、カミソリのような爪が見つかったのは1991年10月のことだった。それはドロマエオサウルス科のデイノニクスの足の爪に似ていた。しかしはるかに大きく、骨芯だけで23cmもあった。生きているときにはその爪は38cmもあっただろう。爪は長さ1.5m以上に及ぶ深い傷を与えることができ、一撃で獲物を屠ったかもしれない。
 ユタラプトルの5cmの歯を備えた約45cmの頭骨や25cmに達する手の爪、そして38cmもある後足の爪。これらで強力無比に武装し、しかも骨格が軽量なために動きが速いユタラプトルの攻撃の前には、現在のホッキョクグマやシベリアトラも−もし同じリングで対峙すれば−5秒も保てばラッキーだろうか(ユタ州立大学)。
ユタラプトルの殺しの爪

シノルニトサウルス

 鳥類に最も近い種類の恐竜、たとえばオヴィラプトル類、デイノニコサウルス類(ラプトル類)は鳥類と共にマニラプトル類と呼ばれる肉食恐竜のグループに含まれる。1996年に中国の学会で発表されたシノサウロプテリクスは原始的な羽毛を持っていた。そのため当初は鳥類と考えられた。しかし中国を訪れてその化石を見たカナダの古生物学者フィリップ・カリーはそれがコンプソグナトゥス科(コエルロサウルス類)の恐竜であることを知って著しく興奮した。

 1996年以降、中国から多数のコエルロサウルス類が発見された。そして印象化石(圧痕)が見つかるたびに、そこには何らかの種類の羽毛が見られた。原始的なコエルロサウルス類は簡単な綿毛状の構造物を持っているだけだったが、マニラプトル類−ミクロラプトルやシノルニトサウルス−は正真正銘の真の羽毛を持っていたのだ。これらの恐竜の腕や脚、尾にある羽毛は、顕微鏡レベルでさえ、現代の鳥類の翼や尾の羽毛とまったく同じように見えるという。  1999年に中国の白亜紀前期(1億2000万年前)の地層から見つかったシノルニトサウルスは、ドロマエオサウルス科のミクロラプトル亜科に属し(デイノニクスはヴェロキラプトル亜科)、シチメンチョウほどの大きさだった。

 シノルニトサウルス Sinornithosaurus millenii は、全長約1mほどで、全身が羽毛に覆われ、特に前肢には羽がある。分類学的には、ドロマエオサウルス類の原始的な位置づけであるが、頭骨や肩甲骨などは始祖鳥などの原始的鳥類と似ているとされる(福井県立恐竜博物館)。


 中国遼寧省の白亜紀前期(約1億2500万年前)の地層から発見された小型の羽毛恐竜シノルニトサウルス(中国名:千禧中国鳥龍)が、現代の毒蛇のように毒牙を使って獲物を倒していた可能性があることが分かった。
 米カンサス大学などの研究チームがシノルニトサウルスの頭骨を分析したところ、上顎に小さな空洞、とがった歯の外側には縦の溝が通っていた。そのため、毒液が上あごの空洞にある毒腺から歯の根元まで運ばれ、そこから歯の溝に沿って流れ出ることで、噛んだ部位に注入され、獲物の抵抗を減らしていたものと見られている。毒牙のような歯を持つ恐竜が発見されたのは初めて(レコードチャイナ)。

 後牙類のヘビは、針などで毒を相手の体内に注入するわけではなく、牙の表面にくっきりと刻まれた溝を伝って毒液が傷口に流れ込み、ショック状態を引き起こさせる。シノルニトサウルスの頭蓋骨の化石には、実に興味深い空洞部分があるという。この空洞に毒腺が収められ、毒管が通っていたとみられる長い溝で牙の根元部分とつながっていたと考えられる。
 またシノルニトサウルスの牙の表面には、毒ヘビの牙と同じような溝が刻まれている。シノルニトサウルスは、おそらく先史時代の鳥類に噛み付くためにその長い牙を使っていたという(NationalGeographic)。

※ Yamadaさん、上田さんから知らせていただきました。

鳥を捕らえたシノルニトサウルスの復元図。ただしこのように樹上で捕らえたかどうかはまだ確認されていない(ホルツ、2007)。

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