ラプトルという名は、ヴェロキラプトルのように後足に恐るべき鉤爪を持つ一群に与えられているので、ギガントラプトルを含むオヴィラプトル類にはふさわしくないかもしれない。また少し前まで獣脚類は肉食恐竜と同義語だった。しかしオヴィラプトル(とテリジノサウルス類)は歯のないものが多く、植物食性だという点でもきわめて風変わりな恐竜である。
 そしてラプトル恐竜といえば小型の種がほとんどだが白亜紀後期(8000−9500万年前)のギガントラプトルは巨大だった。2005年にゴビ砂漠で発見されたギガントラプトル Gigantoraptor elrianensis は全長8m、腰までの高さ3.5mもあった。草食性ながら前足には大きな鉤爪を持ち、獣脚類中最も長いといわれる後脚も頑丈だった。これは同じ頃に脅威となる大型の捕食性獣脚類が存在したためと思われる(恐竜2009)。
 北京の中国科学アカデミーの一行が内モンゴルで発見したギガントラプトルは、非常に大きいが、驚くほど鳥に似ているという。そして尾が比較的短いながら全長8mというのはアロサウルス並みの巨体で、体重は3000ポンド(1.4t)と推定されている。見つかった個体はまだ亜成体と見られるのでさらに成長したかもしれない(Wired Science)。


ギガントラプトル(左)とジャイアントモア(右)

 白亜紀後期のオヴィラプトル類は、ダチョウなどの走鳥類を想わせる体形をしている。ギガントラプトルを除けばいずれも小型で、代表種 Oviraptor philoceratops は全長1.8mほどだった。頭骨は短く、非常に軽量にできていたが歯のない嘴は頑丈で重々しかった。口蓋には1対の歯があった。頭頂にそびえる、ヒクイドリのそれにも似た鶏冠はディスプレイに使われたのだろう。

オヴィラプトル
 1920年代に、アメリカ自然史博物館の一行は、ゴビ砂漠で新しい恐竜を発見した。最も多かったのは角竜類のプロトケラトプスで、またそれらの卵も見つかっている。最初のオヴィラプトルが発見されたのは、これらプロトケラトプスの(ものと考えられた)巣の近くだった。オヴィラプトルは卵を盗もうとしてプロトケラトプスの巣に近づき、砂嵐に巻き込まれてしまった。この推測に誤りはなさそうに思われた。オヴィラプトルは卵を噛み砕くのに最適な嘴を持ち、その手指は、それくらいの大きさの卵をつかむのにぴったりの形をしていた。
 1990年代になって、アメリカ自然史博物館の探検隊は、再び同じような巣を発見する。しかしそのとき巣の中にいたのは、卵を抱いているキティパティ(オヴィラプトル科の1種)自身だった。その卵の中には、キティパティの胎児が入っていた。オヴィラプトルを、ケラトプス類の卵を盗む者という意味の Oviraptor philoceratops と命名したのは間違いだったかもしれない。もっともこれだけで、オヴィラプトル類が他の恐竜の卵を食べなかったとまではいえない。それほどまでにオヴィラプトルの頭骨は卵を割って食べるのに適した形状をしていたからだ。
 キティパティ Citipati は実のところ卵泥棒だったかもしれない。その巣からは、トロオドン科の恐竜の幼児2体の化石が発見されているからだ。キティパティの孵化して間もない赤ん坊の餌として巣に運ばれたものと考えられている。
キティパティ

 抱卵した状態で見つかったキティパティは7000−8500万年前のモンゴルに住んでいた。全長2.7mとかなり大きかったが、巣について卵を抱いた。卵は砂の上に、半分埋まった状態で、環状に並べて産みつけられていた。親は卵の間に座り、両腕を側方に伸ばして卵を抱いていた(ホルツ、2007)。
 彼らは前足を鳥類の翼のように畳み込んで卵や幼体を保護している。この標本からは羽毛の痕跡は見つかっていないものの、現生の鳥類の抱卵の姿勢との類似を考えれば、彼らが羽毛を生やしていた可能性は十分にあり得る。

 オヴィラプトルは非常に鳥に似た恐竜で、それは体形だけでなく、嘴を持っていたことや肩が鎖骨によって強固になっていることからも窺える。オヴィラプトル類は鳥類に分類されるべきであるとの説さえある(Dixon, 2007)。
 トーマス・R・ホルツ(2007)も進化したオヴィラプトル類と進化した鳥類との間に多くの類似点があることを認めている。数種のオヴィラプトル類は、最初に発見されたときには鳥類だと鑑定されたし、少数の古生物学者はオヴィラプトル類は、原始的な飛ぶことのできない鳥だと考えた。しかしホルツも含めて、古生物研究者の大半は、鳥に最も近い恐竜はデイノニクス類であり、オヴィラプトルに最も近縁の恐竜はテリジノサウルスだとしている。

ワニの巣

恐竜は抱卵したか?

クサムラツカツクリ
ツカツクリの巣
 1961年10月、フランスの Durance Valley で見つかったヒプセロサウルス Hypselosaurus priscus の卵は30cm×25.5cmでその容積は約3.3リットルあった。8000万年前のヒプセロサウルスは少なくとも10個体分の断片的な化石で知られており全長約12mのティタノサウルス類である(Carwardine, 1995)。

 恐竜の卵で知られている限り最大のものは、白亜紀後期のヒパクロサウルス Hypacrosaurus stebingeri の卵で容積は3.8リットルだった。このカモノハシ竜は全長9mくらいである。大きな恐竜が必ずしも大きな卵を産むわけではない。大型竜脚類の卵はもっと小さく、巨大な(体重100tに達したといわれる)ティタノサウルス類も1〜1.9リットルほどしかない卵から生まれた。
 アジアの肉食恐竜にもヒパクロサウルスと同じくらい大きな卵を産んだ種類がいるが、胚が見つかっていないので種名は特定できない(ホルツ、2007)。

 フランスのパリ化学アカデミーには、1841年にマダガスカルで採集されたエピオルニスの卵が保存されている。39cm×32.6cm、容積は約8リットルもある。クルテン(1968)は、これは動物の卵としては最大限に近いものと考えている。より大きな卵となると、中の液体の圧力も非常に大きく、そのため卵殻は非常に厚くなければならない。その結果、雛は出て来るのが困難になってしまうからである。恐竜の卵殻は、鳥類のそれよりも弱いのでヒパクロサウルスの卵あたりが限界だろう。

オーストラリア南部の乾燥した地域に棲むクサムラツカツクリ Mound-building Bird or Malleefowl は、湿った落葉や小枝で大きな塚を作り、その上に砂をかける。巣は直径5m、高さ1.5mに達する。雌はその真中に24個ほどの卵を産み、卵は落葉や小枝が腐敗するときに出す熱で温められる。
 雄は定期的に嘴を塚の中に差込んで温度を計り、必要に応じて砂をかけて温めたり、砂を減らして温度を下げたりしながら、常に34度を保つように調節する。卵からかえった雛は自分で塚から這い出してくる(The Bird Atlas)。


 抱卵している状態のままで発見されたキティパティの化石にもかかわらず、多くの(ある程度以上に大きな)恐竜は抱卵はしなかったと考えられている。卵を抱えて暖めようとすれば、たいていの恐竜は卵を割ってしまったはずだからだ。
 現在のトカゲ、ヘビ、カメはたいてい砂に穴を掘って、卵を埋める。ワニ類と鳥類はこれとは違う方法を発達させた。砂に卵をある程度埋めるが、普通は植物も使って巣を作る。ワニと原始的な一部の鳥は、植物で作った大きな塚の下に卵を埋める。この植物が腐るときに卵が温められる。大多数の恐竜はこのような巣を作ったのではないかと、古生物学者は考えている(ホルツ、2007)。

恐竜の絶滅に新事実

恐竜の卵
 2012年4月、恐竜絶滅の原因は、卵を産むその繁殖方法にあったとする論文が、英国王立協会の専門誌バイオロジー・レターズに発表された。
 恐竜の卵は、その巨体の割には小さい。このため恐竜は比較的小さい状態で生まれざるを得なかった。本来小型種が占めるべき生態系の領域が大型種の子供たちによって占領されてしまっていた。つまり小型恐竜が繁栄する余地がなかったのだと論文は説明している。
 6500万年前、隕石が地球に衝突し、体重10〜25kg以上の動物はすべて絶滅したといわれている。小型種しかいなかった哺乳類は生き残り、その繁殖スタイル(小さく産んで大きく育てる)ゆえに小型種がいなかった恐竜は絶滅した、ただ恐竜の中の小型グループだった鳥類は環境の激変に対応できたのだという(AFPBB)。
※上田さんから知らせていただきました。
 恐竜の絶滅が隕石衝突の直後だったのか、恐竜がこれより以前に絶滅していたのかははっきりしていないようだ。最後の恐竜とされるティランノサウルスやトリケラトプスは、隕石の衝突に遭遇したかもしれない。しかしその前に既に絶滅していた恐竜の方がはるかに多い。

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