インドはデカン高原南部のコーヒー農園で、ある日農園主が一群の赤犬がトラに向かって吼えているのを見つけ、銃を持って引き返すと、すでにトラはいなくなっており、多数の赤犬がシカを食べているところだった。どうやら赤犬がトラの獲物を奪ったようだった。(平岩、1981)

 デカンの赤犬はキップリングのジャングル・ブックに Red Dog として登場し、200頭もの大群が主人公モーグリを育てたオオカミの群を襲撃する場面がある。
 正しくはドール Dhole であるがその姿から英米でも Wild Dog と呼ばれることが多く、和名もアカオオカミである。中国では豺(サイ)と呼び、日本ではこの字をやまいぬと読むところから、昔の本にはインドヤマイヌと出ていたこともあった。適切ではないがマッチした名前だ。
 インド、中国南部からインドネシアまで棲むものが南方種 Southern Dhole、南シベリア、中国、北朝鮮に棲むのは北方種 Northern Dhore として区別されている。体長76〜103cm、肩高42〜55cmくらいでオオカミよりもだいぶ小さい。


 K. アンダーソンは1954年にインド南部のマイソールで雌のトラとドールの群が猛烈に戦っているところを見た。ドールの群はトラを取り囲んで牙をむき、唸っていた。後にいるドールが今にも襲いかからんばかりだったので、トラは何度も振り返ってはドールを牽制していたが、噛みついてきた1頭を捕まえ振り回した。
 すぐに5頭のドールが一斉にかかってきた。
 群の他の仲間が合流してきて、ドールの総数は23頭を数えた。トラとドールは場所を変えながら戦いを続け、8キロほども移動していた。アンダーソンが追いついたときには戦いは終わっていて、彼は5頭のドールとズタズタに噛み裂かれたトラの死体を発見した

 インドの Shikar(ハンティング・ガイド)が目撃した事件では、雄のトラが22頭のドールと戦い、食い殺されてしまった。トラは木を背にしてドールを迎え撃ったが、トラが注意をそらした一瞬を狙ってドールが一斉に攻撃した。3回目の攻撃でトラは腹を引き裂かれて死んだ。
 二人のガイドは12頭のドールの死体を数えた。残りの何頭かは体を引きずるようにしてその場を去っていった(W. Connell, 1944)。
 いったい何をしてドールにこれほど無謀な攻撃をさせるのだろうか? 12頭が死に、残りも重軽傷を負ってまで戦い続けたのは何故か? それほどに飢えていたのか、あるいはドールの思惑違いだったかもしれないが、ドールがインドでも中国でもオオカミよりも恐ろしいといわれている一面を窺わせるできごとである。

 戦前のことだが中国東北部でトラとオオカミの遭遇があった。2頭のシカを1頭のオオカミが追跡していた時、その間にトラが割り込んできてシカを追い始めた。途中でオオカミはトラの足跡を見つけたが、飢えていたのか追跡を続けた。
 そのうちシカが円を描くようにして迂回し、今まで歩いていた方向とは逆向きに歩くような結果となった。シカの位置が風下になって、やがてトラは後ろから来るオオカミの匂いを捉えたらしい。トラは左側に5、6回、大きくジャンプして巧みに自分の足跡をそらした。そして今来た道に平行して後戻りして岩陰でオオカミを待ち伏せた。
 オオカミを一度やり過ごしたトラは、トラの足跡を見失って躊躇しているオオカミの背後から忍び寄り、襲いかかった。オオカミはトラの餌食となってしまった(田中釣一、1968)。
 トラが途中で狙いをシカからオオカミに変えたのは、トラはオオカミが大好物からだと田中氏は言う。それはともかく、こういったケースはその後も幾度か見たそうだ。そしてどの場合でも、雪上の足どりはこれと同様だった。
 トラとドールの戦いなどめったに起こるものではない。特に最近ではドールの群構成が小さくなったので、トラとの激しい戦いはもう起こらないかもしれない。
 K. U. Karanth(2001)はインド南部の Nagarahole で発信器を取り付けて観察していたトラが休んでいる時、通りかかったドールの群がそのトラを避けたのを見ている。また1頭の子を連れた雌のトラが、ドールを攻撃してその獲物を奪ったこともあり、その過程で2頭のドールを殺している。
 Nagarahole ではトラがドールを捕食することもあり、Karanth はトラの排泄物からドールの毛を見つけたこともある。またインドにはオオカミ(インドオオカミ)もいるが、主に開けた地域に棲んでいるのでトラとの遭遇は知られていない。

 ドールにとって恐ろしい相手はワニである。ブランダーはドールの群がシカを川岸まで追い詰めたものの、そのシカをワニに横取りされてしまったのを目撃している。シカを咥えて川に戻るワニに対し、ドールは未練がましく吼えたてるばかりだった。ワニがいなければドールは川の中までシカを追う。
 またブランダーはヌマワニの腹の中からドールの死骸を何度も見つけている。

 アフリカのリカオン Lycaon はアジアのドールと似た立場にある。不規則なまだら模様をした不気味な野生犬で Hunting Dog とも呼ばれる。平原を長時間に渡ってカモシカを追いかける姿から来たものだろう。ドールより背が高く肩高60〜70cm。
 ナイロビ国立公園で3頭の雄ライオンが20頭ほどのリカオンから獲物を奪われたことがあった。一方で一群のリカオンが1頭の雄ライオンを取り囲んで獲物を奪おうと吼えたてたが、逆に追い払われてしまったこともあった。リカオンの群は昔は40頭以上になったこともあったが(19世紀には100頭を超える群さえも)、最近では数が減り10頭前後である。

 ライオンも歳を取ったり、傷ついたりすると体力の低下を見抜かれてリカオンやハイエナに狙われることがある。1963年カフェ国立公園で8頭のリカオンが1頭の雄ライオンにうるさく付きまとっていた。ライオンはリカオンを追い払ったが、リカオンは何度も戻ってきた。その夜遅くまで両者が戦う声が聞かれた。翌朝、リカオンがそのライオンを殺して食べたことがわかった。

 通常、ライオンはリカオンが近くにいてもほとんど無視している。一方リカオンは明らかにライオンを警戒している。
 ライオンがリカオンの獲物を強奪することもある。またライオンがリカオンを餌食にすることはないが、競合者を力ずくで排除しようとすることはある。クルーガー国立公園ではリカオンの死因の3分の1がライオンの攻撃のよるものと推測されている(the wild dog fundi Dr Gus Mills)。

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