獲物を分け合うピューマとオオカミ。耳を下げた表情から、ピューマの方は渋々だろうと考えられるが。

 1995年、イエローストーンに移入されたオオカミは、まもなく Glacier National Park などモンタナ州北部の他の地域にも拡がった。3大肉食獣(ハイイログマ、オオカミ、ピューマ)の競合が、70年ぶりに合衆国に復活したことになる。これら3者が同じ環境でどのような展開を見せるか。ピューマはハイイログマよりずっと小さく、またオオカミのように群をなすのでもないため3者の中では地位は最も低い。もっともいかなるオオカミも単独ではピューマには抗し難いのだが(Howard Quigley)。

 2003年4月、イエローストーン国立公園でオオカミの群が雌のピューマを殺したことがあった。Wildlife Conservation Society の Toni Ruth はピューマが受けた傷からして7〜11頭のオオカミが攻撃したと推定した。オオカミが1、2頭であればピューマも持ち堪えることができただろう、と Ruth は言う(AP)。
 昔はオオカミとピューマの生息地が微妙に異なっていたため、両者の関係はほとんど知られていなかった。出会うこと自体がごく稀だったと思われる。オオカミがいなくなってから久しいため、いつしか合衆国のピューマはオオカミを知らない世代ばかりになっていた。
 オオカミと棲み分けていたピューマは本来の生息地(山地)から平坦な地へと進出していた。しかしオオカミの移入によって再び棲みづらい環境が到来した。オオカミの群はピューマの獲物を盗み、強奪し、時には直接攻撃にも出た(Quigley)。最近ではピューマは以前の棲域に戻りつつあるという。これは競合する肉食獣本来のバランスに戻ることでもある(Cougar-Wolf Connection)。

 1996年初め、アイダホに最初に移入されたオオカミの1頭が、モンタナの Drummond でピューマに殺された(forwolves.org)。
 1999年10月、アリゾナ東部の Apache National Forest で Fish and Wildlife Service のメンバーは雌のオオカミの死体を発見した。首にはピューマに咬まれた傷があった(igorilla.com)。
 2000年2月、モンタナの Absaroka Mountains でピューマに殺されたとおぼしきオオカミの死体が見つかっている(forwolves.org)。


 オオカミは(リカオンやドールも)単独で自分より大きい動物を倒せる技能を進化させることはできなかったが、抵抗力のある大型の獲物を捕らえるために群による狩を採用した(単独でも大型獣を倒せるライオンが群をなすのはまた趣を異にする)。必要とあらば夜通し、獲物にとっては冷酷ともいえる時速25〜40kmくらいで確実に走り続け、獲物に休むいとまを与えない(リーダーズダイジェスト、1966)。
 イエローストーンに移入されたオオカミは、成獣のバイソンさえ襲い始めた。オオカミは群をなすことによりその生態的地位を確立している。オオカミは単独行動の時と群の場合ではその落差がかなり大きい。
 ピューマはオオカミより体は大きいが頭骨はむしろオオカミの方が長い。口吻部が長いためだ。モンタナ産のピューマは頭骨全長222mm、頬弓部幅が164mm(Young、1946)。モンタナのオオカミ(シンリンオオカミ)は頭骨全長242mm、頬弓部幅146mm(今泉吉典、1988)。丸顔のピューマは内側にカーブし先が尖った長い牙で、一度咬んだ獲物を逃さないようになっている。

 イヌ科の動物は獲物に咬みつき、振り回し、投げるというパターンがよくとられる(この攻撃方法は食肉類の他のメンバーにも見られる)。そのショックで相手は意識を失ったり、一時的な呼吸停止に陥ったりする。しかしこの方法が有効なのは小型の獲物に対してのみであって自分より大きい相手には無力である。
 ネコ科では前足の鋭い爪で獲物を捕らえ、首筋に犬歯を当てて咬む。短い顎に付く強力な咬筋で犬歯は頸椎の間に差し込まれ、中を走る脊髄が傷つけられる。これを成功させるには正確な咬みつきが必要であり、前足による獲物の押さえ込みがそれを可能にしている。
 オオカミは一定のペースで長時間走り続ける追跡に特化した四肢を持っている。そのために足や指の微妙な動きが犠牲になった。鎖骨を欠き、前後にしか動かせなくなった前足では獲物を効果的に押さえ込むことはできない。前足の補助がないため正確に方向付けた咬みつきは放棄せざるを得なかった(今泉吉晴、1977)。


 アメリカ大陸には2種の大型ネコが生息している。中南米のジャガーと、カナダ南部からアルゼンチンまで分布するピューマだ。ピューマの生息地は地理的にはジャガーのそれをカバーしているので、両者は出会う可能性がある。
 ジャガーは日本ではアメリカヒョウと呼ばれたことがあるが、体格はトラ的だ。ピューマはマウンテンライオンともいうが、もっと華奢でむしろヒョウ型である。ハイイログマやオオカミのいない中南米でピューマの前に立ちふさがる強大な相手がジャガーだ。


大阪市天王寺動物園
 ウィリアム・ハドソン(ラプラタの博物学者)はジャガーとピューマは敵対関係にあるといっている。両者は互いに宣戦布告していて、ひとたび出会ったなら、決着がつくまで戦うことになる。そしてジャガーの方が大きくて力も強いのに、たいていはピューマが敏捷さによって勝利を収めるというのだが。
 ハドソンの話は長い間さまざまな本に引用されてきたが、さすがに荒唐無稽すぎて最近では見かけない。
 中にはジャガーに襲われそうになった人をピューマが助けたという話さえあるのだが、もし事実だと仮定すると、ピューマとジャガーが獲物(人)を奪いあったということになりはしないか。

 だいぶ以前のことだが、テレビ(野生の王国)で雌のジャガーと雄のピューマが出会う場面があった。舞台はメキシコの半砂漠地帯でどちらかといえばピューマの生息地に思えたが、ちょっとしたいさかいがあって最後はピューマが退いた。

 同じタイプ(この場合はネコ科)同士の戦いとなれば大きい方が有利である。ジャガーは体重でも頭骨のサイズでもピューマをかなり凌駕している。ピューマの俊敏さでその差をどこまで埋められるか? スピードよりもパワーの方が重要なファクターであることは否めないのだが。

 Bauer(2003)はブラジルの Pantanal 地方のように双方が出会う可能性の高い地域では、ピューマがジャガーを避ける傾向にあるとしている(Pantanal のジャガーは雄の平均体重が95kgくらいあるが、同地のピューマは55kgほどなのでだいぶ差がある)。

めずらしいジャガーとピューマの遭遇
※ ホワイトファングさんから知らせていただきました。

 實吉達郎氏(1994)はブラジルに滞在中、マッド・グロッソの日本人コロニアで、近づきつつあったピューマとジャガーが、やがてどちらも相手をよけて、距離をおいたまま離れ去ったという話を聞いた。それもピューマの方が先に回避したようだった。

 小原秀雄氏(1970)によると、ナチュラリスト、P. フォンティンの報告としてジャガーがピューマと戦って深手を負わした例がある。激しい争いの後にピューマは治りそうにない致命傷を負ったらしい。

 ジャガーとピューマの戦いは(ハドソンの著作を除けば)ほとんど知られていない。分布地域は重なるのだが、生息環境が違うので案外出会うこともないのかもしれない。ちょうど昔のインドにおけるトラとライオンのように。ジャガーは主に川沿いの森林に住み、ピューマはもっと開けた環境に多い。


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