ホッキョクグマとセイウチは時々出会うことがあり、時には死に至る戦いが起こる。もし水中にセイウチがいれば、クマはそこへは入らない。ホッキョクグマにとってセイウチは唯一警戒すべき相手である。水中でホッキョクグマを見つけると、セイウチはクマを下から捕らえ、背中に牙を打ち込もうとする。

 グリーンランドとカナダの間のデービス海峡を航行していた一隻の船が海面に一頭のセイウチを見つけた。セイウチは体を高々ともたげ、牙で何かを突っつこうとしていた。大声を上げながらセイウチはその何かを水中に追い込んだ。追われていたのはホッキョクグマだった。船の乗組員たちはホッキョクグマが逃げ切るまでこの光景を見ていた(小原秀雄、1980)。
 ある年老いた銛打ちハンターは、一度巨大なセイウチとホッキョクグマが一緒に死んでいるのを発見した。セイウチの牙がクマの胸に打ち込まれ、クマの両前足はセイウチの頭から頚筋を押え込んでいた。セイウチの首は砕けていた(小原秀雄、1970)。

 陸上では利はクマの方にある。
 Canadian Wildlife Service の Kiliaan と Stirling はセイウチが呼吸のため水面に顔を出した時、ホッキョクグマがその頭に打撃をくわえて殺すところを見ている。
 また別のところで、彼らは血まみれになったセイウチの死体を発見している。1本の牙は折れていた。
 戦いがあった直後らしいことは確かだったが、注意深く探してもホッキョクグマは見つからなかった。彼らはクマも死んで水中に沈んだのではと考えた(Gary Brown, 1993)。

 エスキモーはホッキョクグマは氷の塊をセイウチに投げつけて殺すと言う(シートン、1925)。これに対しては学者は否定的である。
 1962年、ロンドン動物園でホッキョクグマに氷塊を与えたところこれを何度も投げつけた。野生のクマもこのような動作をよくするのだろう。それを見た人が作った話ではないかと思われる。しかし何千年にも渡ってホッキョクグマの生態を見てきたエスキモーの話を一概に作り話と決めつけることはできない。
 北極で長い年月を過ごしたカール・ロダールはホッキョクグマがアザラシを襲うところを見た。アザラシは流氷の上で日向ぼっこをしていたが、そこへ泳ぎ着いた大きなクマが、水中から飛び出しざまアザラシに一撃を加えようとした。しかしアザラシに外され、逃げられてしまった。怒ったクマは流氷の上に仁王立ちになると氷のかけらを拾っては辺りに投げつけていた。
 セイウチ Walrus は北極海周辺の島や大陸の沿海に棲む。流氷に乗って日本にやってくることがあり、函館、根室、八戸で捕獲の記録がある。
 ハドソン湾岸に棲むものが最も小型であり、雄で体長2.9m、体重800kg前後。雌は2.5m、550kgほど。一方、ベーリング海やチュクチ海に棲むものは最大で、雄は3.5m、1200kgに達する。
 アメリカのハンター、Jack Woodson は1910年8月にシベリア東岸のチュクチ海で非常に大きなセイウチを撃った。体長4.9m(後の鰭を含めると全長5.5m)もあり、その皮の重さ(450kg)から推して体重は5000ポンド(2.3t)はあったようだ (Wood, 1982)。
 20年以上にわたってセイウチを捕獲してきた Ole Hansen が最後の航海の時、シベリア北方のフランツ・ヨシファ島で仕留めたセイウチはさらに大きかったかもしれない。皮の重さが500kgもあったそうだから。

 以前、NHKのドキュメンタリーで何頭かのホッキョクグマがセイウチの群を襲う場面が放映された。クマの攻撃にパニックに陥ったセイウチの群が我先に海に逃げ込もうとして何頭ものセイウチが仲間の下敷きになって死んでしまった。腹を減らせたクマは単なる威嚇だけで有り余る肉を手に入れたのだった。


上の写真は韓国の Kukaka さんから送っていただきました。

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