2015年7月、アフリカとアジアに生息するキンイロジャッカルが、実は2つの異なる種で、その一方は新種のオオカミであるとする論文を、米スミソニアン保全生物学研究所の生物学者により発表された。この新種はアフリカンゴールデンウルフと名付けられた。
2種のキンイロジャッカルはほぼ同じ外見だが、ユーラシアの方がアフリカよりもわずかに小柄で頭蓋骨が小さく、歯が少し弱い。詳細なDNA分析の結果、この2種は長い間、別々の進化の道を歩んできたことがわかった。
アフリカのキンイロジャッカルをアフリカンゴールデンウルフ(Canis anthus)に改名し、ユーラシアのキンイロジャッカル(C. aureus)はそのままの名前を維持することが提案されている(ナショナルジオグラフィック)。
※ 上田さんから知らせていただきました。
DNA鑑定により新種となったアフリカンゴールデンウルフ(上右)はオオカミとしては原始的な種である。エジプトからタンザニア、セネガルまで分布する。またオオカミ(上左)よりもかなり小さく、体長85〜105cm、肩高50cmほど、体重は7〜15kg。リビア産は以前、オオカミの亜種(Canis lupus lupaster)とされたことがあったが、今回の研究ではアフリカンゴールデンウルフに吸収されている。
今からおよそ10万年前、氷河期のさなかにユーラシア大陸から渡ってきたオオカミの末裔が、エチオピアオオカミだ。
標高4000mのエチオピア高地に生息するエチオピアオオカミは、(アフリカンゴールデンウルフの発表まで)アフリカに住む唯一のオオカミだった。今では、人間によって生息地を脅かされ、推定生息数はわずか600頭ほどにまで減り、絶滅の危機にさらされている(ナショナルジオグラフィック)。
エチオピアオオカミはかつてはジャッカルの仲間とされ、アビシニアジャッカル Simien jackal と呼ばれていた。雄で体長1m、肩高60cmくらい、体重14〜19kg。雌はやや小さい。家族による群で生活し、狩は単独で行うことが多い。
イヌ科の中でもイヌ属、リカオン属、ドール属はイヌ群としてまとめられている。そしてイヌ属にはオオカミ、イヌ、コヨーテ、エチオピアオオカミ、アフリカンゴールデンウルフなどが含まれる。
従来単にオオカミといえば Canis lupus 1種を指していた。ヨーロッパオオカミ、シベリアオオカミ等は地域的な亜種であり、ハイイロオオカミやシンリンオオカミとは、フロリダオオカミ Red Wolf やコヨーテ Prairie Wolf と区別する呼び方だった。
タイリクオオカミという取って付けたような名を使わなくても、オオカミといえばよかったのだ(タテガミオオカミやアンデスオオカミ等は同じイヌ科でも全く別の存在である)。
アフリカンゴールデンウルフの提唱により、オオカミは(イヌ、ディンゴ、ヤマイヌを除いても)5種となり、オオカミといえば Canis lupusのことだと決め付けられなくなるかもしれない。
合衆国南部、フロリダからテキサスにかけては、オオカミより少し小型のフロリダオオカミ(上左)が生息している。体長1〜1.3m、肩高60〜80cm、体重は18〜34kg。現在ではフロリダなど東部では絶滅したようでフロリダオオカミと呼ぶのは適切ではないかもしれない。
学名は Canis Rufus 。少し前までは Canis niger が使われていた。1789年に William Bartram がこの名、niger(=black)を与えたのは、彼が見たのが黒毛の個体だったからといわれる。東部では暗褐色や黒毛の個体が多かったのだ。ちなみに rufus は赤いという意味で、この点からも和名はアメリカアカオオカミがふさわしいのだろう。個人的にはシートン動物記(古い邦訳版)で使われていたアカイロオオカミの呼び名が気に入っているが。
アメリカアカオオカミはハイイロオオカミとコヨーテの雑種であるとの説がある。真偽はともかく、フロリダオオカミは両者の中間的な体型をしている。本気で心配されているのは、滅びつつあるフロリダオオカミがいずれは勢いのあるコヨーテに吸収されてしまうことだ。この2種は分布が重なり、容易に交雑するのだ。
西から東へと勢力を拡大しているコヨーテは、カナダ南東部ではシンリンオオカミ Eastern Timber Wolf との間に雑種ができている。それは Eastern Coyote と呼ばれ、大型で体重60ポンド(27kg)を超えるものもある。既に亜種として確立しているという(Leonard Lee Rue,1981)。
コヨーテ Coyote は北アメリカに棲み、北はアラスカ、南は中米まで分布を拡げている。体長80〜95cm、肩高50cm前後。体重はメキシコ産で12kgほど、アラスカ産では18kgに達する。
野生犬
オオカミは形態や生態がイヌと極めて似ており、イヌの祖先として最有力候補である。それも小型の亜種、インドオオカミであろうとされる(今泉吉典、1991)。
近年の分子系統学、動物行動学などによると、イヌの祖先はオオカミであるという説が有力とされている。オオカミ以外のイヌ属動物の遺伝子の関与は小さいという結果が出ている(国際家庭犬トレーニング協会)。
以前にはイヌの祖先はオオカミではなく、野生犬とも言うべき種が東南アジアに生息しており、これが飼い馴らされてイヌになったとする説があった。
人類は住居の近くに生息していたイヌ類の1種(野性犬)を飼い馴らして、共に生活するようになった、と考えていいだろう。それは今日、東洋で見られるパリアイヌのようなものだったろう(朝日=ラルース、1971)。
イヌの祖先については、オオカミ、ジャッカル、その両方とするものなど、さまざまな説があるが、オオカミとジャッカルの中間に位置する野性犬が今のイヌの祖先であり、原種は既に滅びてしまったとする説がかなり妥当なものと考えられる(学研1975)。
さて、パリア犬とはどんなイヌだったか?
最も古い型のイヌをパリア犬型(亜種名 Canis familiaris putiatini )といい、毛色は黄褐色。立ち耳で尾は垂れ、吻部は細長く尖り四肢も細長い。この系統には南アジアのパリア犬やオーストラリアのディンゴ、ジャワのティンゲル、スマトラのカブなどが入る。日本在来の小型犬(柴犬)もこのタイプの血を引くと考えられている(万有百科大事典-動物)。
パリア犬 Pariah Dog
19世紀には、バルカン半島や北アフリカから、アジア、オセアニアに至る地域の街をさまよっていた。夜ごと残飯を漁りながら騒々しく渡り歩くイヌの群が野性犬とも野良犬ともつかぬ生活をしている(朝日=ラルース、1971)。
南アジア、中近東、北アフリカにまで広く分布する未改良型のイヌ。半野生状態で街をうろつき、ジャッカルのように日暮れから活動を始め、残飯、死肉などを漁る。雑種化したイヌで、体型もシェパードに似たもの、テリアに似たものなどさまざまである。毛は大部分黄褐色。このタイプのイヌが古い時代にオーストラリアに渡って(連れて来られて)野生化したのがディンゴであるという(増井光子、1974)。
オオカミの生息に適していると思われるのに、中国南部からインドシナ、インドネシアなど広い範囲が、オオカミの空白地帯になっている。これらのオオカミがいない地域が野生犬の生息地だったという。
ニホンオオカミの絶滅原因の一つとして、生息数が減少した後、イヌに吸収されてしまったのではないかという見方がある。野生犬も、ディンゴやパリア犬、パプア犬等に吸収されてしまったのでは?(今泉吉典、1981)