最も速く飛ぶ鳥、そして地球上で最も高速な動物はハヤブサであるとの声が高い。獲物を狙って急降下する時のハヤブサのスピードは時速200kmを超すといわれる。体重1kg弱のハヤブサが両翼を折りたたみ、尾羽を閉じたロケットのような姿勢で1500mの高空から急降下した時には時速385kmに達すると計算された(Orton, 1975)ことがある。

 これを裏付ける観察例がロシアとドイツからもたらされた。ロシアでは25度の角度での急降下では時速270km、直角に近い角度では360kmに達した(Carwardine, 1995)。
 ドイツでは4年間にハヤブサの攻撃191回が測定され(降下距離1−2km)、30度で時速270km、45度では350kmを記録した。一方水平飛行では時速100kmを超えることはなかった(Hange, 1968)。
 それでもなお数字の正確さについては疑問の声がある。いったい如何にしてハヤブサは、自らが空中分解してしまうこともなく−は大袈裟だが、少なくとも意識を失うことなく−そのようなスピードが出せるのかというのだ。

ハヤブサ Peregrine Falcon ↑
 雌は全長49cm、翼開帳115cm。雄は少し小さい(野鳥便覧、1941)。
 世界各地に分布する中型の猛禽で、日本でも主に海岸で見られる。

 イギリスの鷹匠、Philip Glasier は飼っていたハヤブサに小型の速度計を取り付けて何度も飛ばせてみた。この時にハヤブサが記録した最高速度は水平飛行で時速96km、急降下で132kmにすぎなかった(Lane, 1968)。
しかしプロのスカイダイバー(自己記録・時速120マイル)がハヤブサに小型の速度計を取り付け、囮の餌を使って実験したところ10秒後には彼の記録を抜いて時速125マイル(200km)に達した。さらに1週間後におこなわれた実験では、最高速度はなんと時速242マイル(387km)に達し以前の推測を裏付ける結果となった。

 鳥の飛ぶ速さに関しては、正確な測定方法の難しさにもかかわらず、否それ故か、昔からさまざまな議論があった。現在では飛ぶ速さ以前に測定方法や用いられる機器の正確さに議論が集中しているきらいがあるが、それ故、一方の学者たちから疑問とされている数値も、他方では興味の対象となり得る(ブレランド、1963)。

  水平飛行で最も速く飛ぶ鳥はハリオアマツバメかもしれない。空中で虫を捕らえる時のスピードは時速110kmに達するといわれる。ロシアでは求愛におけるディスプレイに際して時速170kmという「信頼できる」計測結果が知られる(Wood, 1982)。
 1934年、Stuart Baker はアッサムの Cachar Hills で、ストップウォッチを手に彼のバンガロー上空を飛ぶハリオアマツバメを観察していた。鳥たちは彼のバンガローからちょうど2マイル(3.2km)彼方にある尾根をめざして飛んでいた。計測されたタイムは36−42秒だった。時速274−320kmのスピードを出していたことになる。しかし標準的な双眼鏡を用いたとしても、2マイルどころか1マイルの距離からでも全長20cmほどの小鳥を見ることは不可能であることがわかり、信憑性を失ってしまった(Wing, 1956)。

ハリオアマツバメ Needletailed Swift
 東アジアに分布する。日本では夏鳥で主に北海道で見られる。冬はオーストラリアに渡る。

オオグンカンドリ Great Frigatebird
 南太平洋やインド洋の熱帯・亜熱帯海域に棲む。日本では本州の太平洋沿岸や伊豆諸島・小笠原などで稀に発見される。

 オオグンカンドリが風のほとんどない状態で時速154kmを記録している(Wood, 1982)。オオグンカンドリは全長1m、翼開帳2.4mに達する大形の鳥だが、体重は1.5kgほどしかない。この鳥は強風の中、水面に飛び上がった一瞬を狙ってトビウオを捕らえることがある(Love, 1911)。

 オズモンド・ブレランド(1963)によればイギリスの Richard Meinerzhagen 大佐は鳥の飛行に関してのエキスパートだそうだ。そして大佐の意見として最も速く飛ぶ鳥は伝書バトであり、信頼のおける実測記録は時速149kmだという。またハヤブサを含むあらゆる猛禽の中でこのハトに追いつけるものはいないとも付け加えている。
 1961年におこなわれた Ulster Race(飛行距離299km)で優勝したハトは平均時速157kmを記録した。しかしこれは風速などは知られていないが追い風の助けを受けている。

イギリスのこの太ったハトはあまり速く飛べそうにない。
※ このハトはすずめっちさんから教えてもらいました。

ケワタガモ King Eider

 鳥の飛行の権威 Meinerzhagen 大佐はイギリス西部のヘブリジーズ諸島でケワタガモの小群が秒速40m以上という逆風の中をなおかつ前進していた例を報告している。大佐はいう:
 この強風では狩猟は不可能だった。ハクチョウたちは地に伏しており、飛び上がれないでいた。我々はやっとの思いで歩いていた。陸地に避難していたケワタガモは草むらにいた。しかし我々の接近に驚いたこの鳥たちは、強風の中に舞い上がり、風が吹き寄せる海に向かって秒速15−20mで前進した。脱落して吹き戻された一羽を除いて。
 何故か風に逆らって飛ぶ例は他にも知られている。モリバト Wood Pigeon の一群が風速49m(時速176km)を受けながらも時速64kmで飛んでいたことがある(McNabb, 1953)。

 鳥が空中を飛ぶ速さには、陸上を動物が走るよりさらに多くの条件が付帯する。風の有無、その速さ、重力、飛翔の角度など。たとえばもしある鳥が時速64kmで飛翔し、この時秒速13mの追い風に乗っていれば、地上での計測結果は時速111kmとなる?
 どうもそう単純ではなさそうだ。鳥は巧みに気流を利用している。ピーター・ファーブ(1966)によれば、一羽のミサゴが風速が僅か6.5km/hの日に翼を少しも動かさずに時速130kmで飛んでいたことがある。
 またスコットランドではイヌワシが14マイル(22.5km)の距離を飛ぶのを計測し、時速134kmを出したことがわかった。もっともこのワシは飛行中のほとんどの時間、滑空していただけだった(Leslie Brown, 1953)。追い風が数字以上にプラスに働く一方で、逆風もまたその数字ほどマイナスとはならないようだ。

 1960年5月、アラスカの北極調査センターにいた M. C. トンプソンは6羽のウミアイサが突如として川から飛び立つのを見た。鳥たちはほぼ一線に並んで飛び始めた。そのうちの1羽は仲間より少し下を飛んでいた。低空偵察機(時速80マイル)のまん前を。この間およそ10秒余。向かい風(風速20マイル)だった(Thompson, 1961)。
 この場合もウミアイサは時速80マイル(128km)以上で飛べるだろうとしかいえない。

ウミアイサ Red-breasted Merganser

 1952年9月、イギリスの Worcestershire の Dudley 動物園から1羽のカンムリクマタカ African Crowned Eagle が逃げ出した。翌朝、警邏中の警官が近所の公園の木に止まっているのを発見し、動物園に通報した。駆けつけた飼育係は網で捕らえようとしたが逃してしまった。その10分後、警官は20マイル(32km)離れた Staffordshire の Tamworth から件のカンムリクマタカが飛来したとの連絡を受け取った(Wood, 1972)。
 このカンムリクマタカは時速192kmで飛んだ? その前に10分という時間がどれくらい正確だったかが問われよう。

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