大きなバラクーダ、それも20ポンドかそれ以上あったら、海では一番恐るべき魚族なのだ。ガラガラヘビみたいにパックリ直角に開く逞しい顎に、ずらりと長く歯をむき出している口から、青と銀色の鋼鉄のような胴体、海中の短距離5傑に入るほどの余裕たっぷりの力を秘めた尾びれまで、全身が敵意に満ちた凶器みたいだ。そいつがいまボンドと平行に泳いでいるのだった…。
 長い口が半インチばかり開いて、大洋の生物でも最も鋭い歯が、月光に光っていた。この歯は肉に咬みつくなんてことはしない。がっぷりと骨ごと咬みきって、丸呑みしてから、またぶつかってきて食いちぎってゆくのだ。
(イァン・フレミング「サンダーボール作戦」)

 バラクーダ属(Sphyraena )には20種ほどがあるが、普通バラクーダといえば Great Barracuda を指す。和名はオニカマスだが日本でもバラクーダの方が通りがいい。熱帯地方の海に棲む。
 西インド諸島ではダイバーからはサメに襲われるよりもこちらの方が恐ろしいとまでいわれる。不安定な動きをするものを攻撃するとされ、カリブ海を舞台にしたイァン・フレミングの小説007シリーズでも海では、行動の乱れとか、不規則な動きを見せるものはカモになった獲物ということになる。だからリズムに乗っていなければならない。と主人公ボンドに自戒させている。
 一方、太平洋側ではあまり恐ろしいという話は聞かない。ハワイでは特に危険な魚とはされていない。
 成長すると10〜15kg、1mくらいになる。1992年にクリスマス島(Republic of Kiribati)で38.5kgのものが捕獲されており、all-tackle World Record といわれるが、バハマでは46.7kg、長さ1.7mの World Record(on hook and line) がある(www.marinebio.com)。
 一説では最大2.4mに達するというが確かな捕獲記録は見あたらない。
 銀色に輝く細長い体は珊瑚礁の間を通り抜けるのに適している。
 日本近海にはいないが、別種オオカマス Pickhandle Barracuda は沖縄南方の海域で見られる。これも1.8mに達するといわれ、割合に美味だそうだ。しかしオニカマスの方は有毒だとの評判が高く、食べることはお薦めできない。

 バラクーダの幼体は浅瀬に集団でよく見られるが、成魚はたいてい外海に単独で棲む。しかし常にそうとは限らない。
 フロリダ大学の International Oceanographic Foundation ではバラクーダによる人への攻撃を33例挙げている。1953年の7月に26歳の女性がフロリダの Juno Beach でバラクーダに襲われ、左脚を咬まれた。そのとき彼女は膝ほどの深さしかない浅瀬に立っていた。

 サメに較べればバラクーダから人が受ける被害は少ない。
 バラクーダの棲む海で泳ぎ、潜水している何百もの人々がいる。彼らが被害を受けていないからといって、これを当てにしてはならないとBruce Wright(1948)は言う。
 バラクーダはこれまでに人を襲ったことがあり、これからも起こるだろう。サメの攻撃同様、それは予測不可能であり、また攻撃するかどうかの選択権は魚の側にある。そして魚が有利な立場にある。水中におけるバラクーダと人の関係は平等ではないと。
 バラクーダは海中をゆっくりと泳いで獲物を探す。ひとたび攻撃に移るとそのスピードは最高時速58kmに達する。

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