ユカタン半島で A. Hyatt Verrill(1948)の部下の一人が、タコを捕るために小さな銛を持って浅瀬に入っていた。ところが彼は突然苦痛の叫び声をあげ、銛を下に向かって突き出した。しばらくして彼は岸に戻ってきたが、その銛には90cmほどのノコギリエイが突き刺さっていた。彼の脛はノコギリエイに引き裂かれていたのだった。
 魚が小さかったので大事には至らなかったが、わずか20cmほどのノコギリでこれであるから、6mのノコギリエイが持つ1.8mの凶器だったらどうなっていたことか。

 大きなものは6mに達するノコギリエイは多数のとげが付いた長い口で人を真っ二つにするといわれる。ガイアナでそのような事件があったと伝えられるが詳細は不明。(Roger A. Caras, 1975)
 パナマ湾では過去に何度か人が襲われる事件があったことから恐れられているらしい(Shadows in the Sea, 1978)。

ケニヤのマリンジで捕獲されたノコギリエイ。ここではサメが重要な食料源になっており、定期的にサメ漁が行われるが、ノコギリエイはサメを捕らえるための網を破ってしまう(Shadows in the Sea, 1978)。

 16世紀のナチュラリスト、スウェーデンの Olaus Magnus はノコギリエイは船の下に潜り、船底を切り開くという。そこから浸水して海に放り出された人を食べると報告している。
 また18世紀のイギリスのナチュラリスト、John Lathan は数匹のノコギリエイがクジラに一斉に襲いかかり、これを殺したと伝えている。これらの話には確認が必要だが。


沖縄の恩納村・ホテルみゆきビーチにあるノコギリエイの剥製(502cm)。1975年6月に石垣島の沖合いで釣り上げられた。この年、沖縄で開催されることになっていた海洋博に生きたままで展示する提案もあったが、ノコギリエイが暴れて危険で、沖縄本島まで曳航することが不可能であったたため断念したという。
 このノコギリエイは Pristis microdon と同定され,日本で確認されたノコギリエイの唯一の記録であるとされている。


※ 恩納村にノコギリエイの剥製があることは、ろぶくんさんから知らせていただきました。撮影された写真と当時の新聞記事も提供していただきました。

 バハマの Lerner Marine Laboratory で C. M. Breder(1952)が行ったノコギリエイに小さな魚を与える実験では、水底におかれた餌の場合、ノコギリエイは上から覆い被さるようにして口で餌をついばんだ。
 小魚が水面や水中にある時は横殴りに吻を振って歯に突き刺した。それから水底におり、魚を底にこすりつけて歯から外してから食べた。

 風変わりな生物・ノコギリエイが魚群に突っ込むと、あっという間に贅沢な肉を切り取る、その様は驚異というしかない。ぎざぎざしたのこぎり状の歯には、しばしばかなり大きな魚が突き刺さる。こんな時、ノコギリエイは海底に引き返し、そこで魚を鋸でひいて残った肉片を心ゆくまで楽しむ(J. B. スィーニ, 1973)。

 世界の熱帯・亜熱帯の海に棲み、日本近海からも2種が記録されている。東シナ海以南の海底に棲み、トロール漁で時々漁獲される。長い吻で海底を掘り起こし、その中に潜む動物を食べているらしい。

 長い吻は飾り物に使われることがあり、東南アジアでは魔よけにされる。またタイでは漁師が寺院にノコギリエイの吻を献上する習わしがあり、それらは神に供えられるだけでなく、魚類学者にも公開される。

 世界で7、8種が区別されている。アジアの太平洋域には次の2種が棲む。

PristisAnoxypristiscuspidatus Knifetooth Sawfish
Pristis microdon Freshwater Sawfish
 普通2〜3mだが、長さ7.9m(吻の長さ2.4m)の個体がタイの Tachin 川で捕獲されたことがある。どちらも頻繁に川を遡る。Chao Phya 川の河口から37マイルの所で捕らえられたこともある。

 インド洋、アフリカからオーストラリアには次の3種が知られている。

Pristis zijsron Green Sawfish(Longcomb sawfish )
 インド洋。紅海、東アフリカからオーストラリア近海に棲む。最大7.3mに達する。

Pristis leichbardti
 オーストラリア産で海よりも川に多いと言われる。

Pristis clavata Queensland Sawfish(Dwarf sawfish)
 インドから西太平洋.オーストラリアの熱帯域。汽水・淡水域にも多い。1.4mほどの小型種。

 大西洋側には以下の3種がいる。

Pristis pectinata Smalltooth Sawfish
 大西洋の熱帯、亜熱帯海域に棲む。フロリダでは St. Johns 川にしばしば入り込む。テキサスで5.2m、590kgの記録があり、最大のものは5.5mとされるが、未確認記録では8.8m(1955kg)、9.1m(2400kg)、9.5m(2591kg)に達する(elasmo-reseach)。

Pristis perotteti Southern or Largetooth Sawfish
 太平洋にも大西洋にも棲む。最大6.7mに達する。淡水を好む傾向にあり、アマゾン川の上流(450マイル)やニカラグア湖でも生存が確認されている。

Pristis pristis Eastern Atlantic Sawfish(Common Sawfish)
 大西洋や地中海に棲む。これも淡水によく進出し、ザンベジ川を始めアフリカのいくつかの河川でも見つかっている。最大5m

 大西洋での釣り上げられた記録(All-Tackle Record)では以下のようなものがある。
 404kg 490cm 胴囲234cm 1960年
 334kg 445cm 1938年
 327kg 470cm 胴囲180cm 1960年
 これらでも平均サイズよりはかなり大きい。

 日本のいくつかの水族館でも見ることができるがあまり大きなものはいないらしい。  三重県二見町の水族館二見シーパラダイスに1987年9月にオーストラリア北西部の海で捕獲されたノコギリエイがもう17年も飼われている。日本では最も長期間飼育されているノコギリエイといえるだろう。


ノコギリザメ Sawshark

 ノコギリエイに似て非なるものにノコギリザメがある。ノコギリエイよりずっと小さくて1.5m以下だが形はよく似ている。
 しかしノコギリエイは鰓孔が腹面にあるのでノコギリザメと区別できる(サメは背中側にある)。
 大陸や島などの沿海に棲み、5種が知られる。日本沿岸にも棲み、特に南の海域に多い。しかしノコギリエイとは異なり、淡水に進出することはない。
 生態も似ていて長い吻で底生動物を掘り出して捕食し、時には魚群に突入し、吻を左右に振って魚を捕らえる。

←ノコギリザメ 練製品の原料として捕獲される。

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