ツシマヤマネコ

 ヤマネコというと何処にでもいそうな気がするが、何故か日本本土には棲んでいない。僅かに対馬と西表島だけに生息するのみだ。昔は本土にもいたが近年に入ってから絶滅したのでもない。従ってオオカミのように民間伝承などにも登場しないようだ。寡聞にして私が知らないだけかもしれないが。

 ずっと昔、更新世には日本にもいたことが化石からわかっている。栃木県葛生の洞穴の10〜100万年前の地層からベンガルヤマネコらしい化石が発掘されている。ベンガルヤマネコは、アジアのヤマネコ類では最も原始的な種で、中国、インドから東南アジアに広く分布している。ベンガルヤマネコの名は基準となった標本(タイプスペシメン)がベンガル産だったからそう名付けられただけで、分布はアジアのヤマネコ類では最も広く、21カ国に亘っている。
 インド産の雄で体長51〜66cm、尾は24〜31cm。英名を Leopard Cat という。南アジア産は明るい黄色の地にくっきりとした豹紋を持っているからだ。腹部は白い。しかし北方産、アムールヤマネコ(チョウセンヤマネコ)は地色が灰褐色で斑紋は不明瞭である。対馬のヤマネコはこの北方系である。
ベンガルヤマネコ

そこでツシマヤマネコだが:
 ツシマヤマネコはベンガルヤマネコの亜種とされているアムールヤマネコ(P. b. euptilurus )の地域型で、アムールヤマネコはモンゴル東部、中国東北部、アムール川流域、朝鮮半島、済州島、対馬などに分布しているが、この内の対馬に分布している個体群をツシマヤマネコと呼んでいる(Private Zoo Garden)。

 対馬では海岸に近い林中に棲み、コウライキジと魚類を捕食する。海の魚は干潮の時に捕らえるのである。体長44cm尾は21cm内外。1902年頃までは鶏を食害するほどだったが、猟犬の輸入後は著しく減少した。単独で行動し、木に登るのはおもに敵に襲われた時で、平常は地上生活の夜行性動物である(黒田長禮、1954)。

 ツシマヤマネコはベンガルヤマネコの亜種であり、家ネコより少し大きい。体長70cm、尾の長さはその半分くらいである。対馬では、大きなヤマネコは尾を持って肩に担いだら頭は地面に届いていたという話があるが、本当かどうか疑わしい。
 1965年、600個以上の糞の分析で確認できた食物は、ネズミ4種、モグラ2種、ヘビ2種、カエル1種、淡水魚1種、それに昆虫は45種だった(朝日稔、1971)。

 体長70cmはアムール産のことだと考えたい。対馬産は、黒田先生の数字は少し小さいサンプルのようだが、最近では体長49〜58cm(講談社の動く図鑑、2011)となっている。
チョウセンヤマネコ

 対馬での生息数は非常に少ない。長崎県が天然記念物に指定し、保護に踏み切ったのは1967年(国の指定は1971年)のことで、この頃の生息数は約300頭といわれていた。対馬は上下2島に別れているので、仮に両方の島に同数ずついると仮定すると、遺伝的に交配できるのは150頭の間だけとなり、この数字は近親交配を避けるための必要最低数であって、150頭以下の集団では、やがて滅亡へと導かれるような遺伝的素質が現れる危険が大きい。ツシマヤマネコの保護は今をおいては時機を失するであろう(朝日稔、1971)。

富山市ファミリーパーク

 状況はさらに悪化している。その後、生息適地の減少や交通事故、イエネコ由来とされる伝染病などの影響で徐々に数を減らし、2005年の推定生息数は80〜110頭とされ、環境省のレッドリストでは絶滅危惧種1A類に指定されている。
 意外にも交通事故が脅威の大きな要因と捉えられている。車にはねられる交通事故が多発している。2013年度は2月18日現在15件で、過去最悪(8件)の倍近いペース。13頭が死んだ。「生息数が回復しているためでは」という住民の推測に、環境省対馬野生生物保護センターは「数が増えたデータはない」と否定。「異常事態だ」と危機感を募らせるが、事故多発の原因はつかめず、ドライバーへ注意喚起をするしか有効な手だてがないのが実情だという(長崎新聞)。
 野生下での回復は既に絶望的なのだ。コウノトリやトキのようになってしまう前に動物園での増殖が開始されている。環境省では平成11年より福岡市動物園と協力して飼育下での繁殖に取り組み、これまでに20頭が誕生し順調にその数を増やしてきた。しかし、今後も飼育下繁殖を進めていく中で特定の場所のみでの飼育となると、感染症の発生、災害等により多くの個体が失われるとともに、遺伝的多様性が失われてしまうおそれがある。

 そこで、飼育下個体群の危険分散等を目的として、新たに「よこはま動物園 ズーラシア」と「井の頭自然文化園(東京都)」でも飼育を開始することとなり、両園へ平成18年11月19日にツシマヤマネコが来園した(ズーラシア)。

アムールヤマネコ
Far Eastern Forest Cat

アムールヤマネコ

 ロシアの V. G. Heptner(1992)はアムールヤマネコをベンガルヤマネコの亜種とすることに否定的で、独立した種であるとしている。頭骨の形状がかなり異なっていると主張し、ベンガルヤマネコの頭骨はアムールヤマネコのそれよりも原始的で、発展途上にあり、ベンガルヤマネコの成獣の頭骨は未成熟のアムールヤマネコの頭骨に似ているという。外観、つまり毛色が大きく違っていることも重要であるとしている。日本では今泉吉典氏(1991)もアムールヤマネコを別種として扱っておられた。
 Heptner はアムールヤマネコが、アムール川、ウスリー川流域から中国東北部、朝鮮半島、済州島、対馬に分布し、南は揚子江下流域までとしている。
 ロシア産は最も大型で体長60〜85cm、体重は最大9.9kgに達する。体長107cm、尾長44cm(1935年)とか体長103cm、尾が42cm(1936年)という記録があることに関して、Heptner は、これらは通常の範囲を大きく超えており、例外的な個体とさえいい難いとして控えめながら否定的である。

 ちなみに中国北部産の雄1頭は、体長66cm、体重7kg。中国南部産(ベンガルヤマネコ)の雄11頭では、体長45〜56cm、体重2.1〜3.8kgの測定例がある(Sunquist, 2002)。

イリオモテヤマネコ

イリオモテヤマネコ

 1965年に作家の戸川幸夫氏が、琉球の西表島で発見し、1967年に今泉吉典博士が新属新種のヤマネコであると発表したイリオモテヤマネコ。チリのコドコドに似た極めて原始的なヤマネコであると発表された。1997年には、今泉博士は、イリオモテヤマネコは1000万〜700万年前に中国にいたメタイルルスに酷似していることを明らかにした。
 ところが1999年、複数の専門家が参加したDNA鑑定の結果、ベンガルヤマネコの亜種であるとの結論に達した。
 欧米の動物学者の中には、もっと早い時期からイリオモテヤマネコの分類に異論を持つ人が少なくなかったようである。1973年から76年にかけて何度も来日し、西表島での調査にも参加した、西ドイツのネコ科動物の権威、ポール・ライハウゼンはベンガルヤマネコ属の1種と考えた。
 Hans Petzsch(1970)もベンガルヤマネコ属に含められるべきで、イリオモテヤマネコ属 Mayailurus は亜属以上のなにものでもないと結論付けている。この説を聞かされたグッギィスベルク(1975)は、イリオモテヤマネコが、そう遠くない将来にはベンガルヤマネコの原始的な亜種になってしまっているのではと危惧していた。
 イリオモテヤマネコは、ツシマヤマネコ以上に深刻な状況にある。狭い島に、むしろ今までよく生き延びていたと思えるほどだ。特別天然記念物として保護されているが、生息数は40〜100頭と推定されている。

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