クラーケン

 クラーケンを伝える絵画の中には明らかにタコと思われるものがいくつかある。

 1896年11月、巨大な海生動物の残骸がフロリダのセントオーガスティン近くの海岸に流れ着いた。最初この残骸はクジラのものだろうと考えられたが、地元の科学館館長のウェッブ博士は非常に大きな、今まで知られていなかったタコであると発表した。
 1897年1月3日付のニューヨーク・ヘラルド紙によれば、死体は損壊が激しいが頭と思しきところには2本の腕が見られるという。砂浜に横たわる体は長さ5.5m、幅2.1mあり重さは数トンもあろうと考えられた。もし8本の腕がほかのタコと同様のプロポーションで備わっていたなら、全長は23〜30mもあっただろうという。

 調査結果が写真とともにエール大学のヴェリル教授の元に送られた。教授は最初これは確かに8本の腕を持つ軟体動物であり、おそらくは巨大なタコであろうと発表した。しかも残骸は全身の半分足らずであり、実際の体重は10トンを越えていただろうとし、この怪物に Octopus giganteus との学名を与えた。
 しかしながら教授はすぐにこの発表を撤回した。死骸のその後の調査報告が届き、初め腕の一部と思われていたものは誤りであり、それらしきものは何もなかったからだという。彼はウェッブ博士から届けられた皮膚のサンプルから死体は軟体動物のものではなく、ひょっとすると頭の大きなクジラ、つまりはマッコウクジラの頭部であろうと語った。もっともこの説にも自信がなさそうだった。

St Augustine Monster
 1970年になってニューヨーク大学の Gennaro 助教授は保存されていた皮膚のサンプルを検査し、これはクジラではなくタコに間違いないと発表した。

スウェーデンの大司教、オラウス・マグヌスは船を襲うことで名高い大ダコに繰り返し言及している。
 タコかもしれないという巨大な動物の死体はその後も見つかっている。
 1960年にはタスマニアの西海岸に幅が6mもある残骸が流れ着いた。その死体には背骨を持つ動物らしきところは何もなかった。しかし採取されたサンプルの調査結果はクジラの死体の一部というものだった。

 1944年スコットランドの海岸に漂着した奇妙な動物の死体は長さ9mもあり、非常に大きな目も付いていた。残念なことにこの死体は専門家の目に触れることはなく、まもなく波にさらわれて海に消えていったという。

 それでは現在確認されている最大のタコはどれくらいの大きさなのだろうか。
 アメリカのダイバー、Donald Hagen が1973年、ワシントン州の Puget Sound で捕らえたミズダコは全長3.9m、8本の足を広げたときの直径が7mあった。体重は記録されていないようだ

Pacific Giant Octopus

最大直径(m) 体重(kg) 場  所 備  考
5.5タヒチ
6.150カリフォルニア
7.0ワシントン州(1973)全長3.9m Donald Hagen が捕獲
9.6約270カナダ(1957)

怪物クラーケン、先史時代の海で魚竜を襲う?

 ネバダ州にあるバーリン・イクチオサウルス州立公園で巨大な魚竜の骨が奇妙に整列した状態で見つかった。約2億年前の三畳紀後期、当時は海底だった。化石は円形をした脊椎骨、すなわち背骨の部分で、恐竜時代の海生爬虫類である魚竜(イクチオサウルス類)の1種、ショニサウルス Shonisaurus popularis のものだ。全長15m以上もあったと推測される。
 マサチューセッツ州にあるマウント・ホリヨーク大学の古生物学者マーク・マクメナミンは一部の脊椎化石が整然と2列に並んでいることから、巨大なイカかタコのような生物がイクチオサウルスを捕食した後、その骨を自らの腕に並ぶ吸盤に似せて2列に並べたと考えた。彼によると、クラーケンはイクチオサウルスを溺死させるか、あるいは首の骨を折っていたという。
 奇想天外な仮説に対し、ミネソタ大学モリス校の進化生物学者、ポール P.Z. マイヤーズは、魚竜の脊椎は死んで腐敗し、バラバラになるが、縦長に並んでいるのは、いずれか一方に倒れかかって、たまたま2本の平行な列になったのであり、芸術家肌のクラーケンを持ち出すまでもないと一蹴した(NationalGeographic)。
※ nekoさんから知らせていただきました。

ショニサウルス

 ショニサウルスは魚竜類でも最大の種で全長15m、1920年代にネバダで多数の化石が発見された。小さな頭骨だけに顎の前の方に歯がみられることから、成体では歯がなかったと考えられている(Dougal Dixon, 2007)。
 1990年代にはブリティッシュ・コロンビアでさらに大きな化石が発見され、Shonisaurus sikanniensis と命名された。全長21mもあったと推定されている。当時(2億〜2億5000万年前)の地球で最大の動物だったショニサウルスを襲う者が存在しただろうか?

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