更新世中期、今から30万年ほど前のユーラシア北部にウシの祖先オーロックスが出現した。頭骨の化石から推して、これは現在の野生ウシよりも大きく肩高2m、体重1.5トンもあった。
 オーロックスはヨーロッパから北アフリカ、また西アジアに拡がった。

 完新世に入り、新石器時代を迎えるとオーロックスは家畜化された。紀元前6000〜8000年頃のことのようである。古代ギリシャ・ローマの時代にはウシは既に重要な家畜になっていたようで、貨幣にウシの頭が刻まれている。
 日本でも1927年に岩手県の花泉町からバイソン(ハナイズミモリウシ Leptbison kinryuensis)の化石が発見されているが、それと共に原牛の化石も見つかっている。2万年くらい前のものだ。
 ヨーロッパ・西アジア産は Bos primigenius、そしてインドや中国などの原牛は Bos namadicus として区別されるが、同一種だとの見方も強い。
 オーロックスがウシの原種だとの見解は両者が同じとの立場を採っている。またインドのコブウシは別系統だとの説もあり、ガウル(インドヤギュウ)やバンテン(ジャワヤギュウ)がその祖先だという。

 ヨーロッパや西アジアではオーロックスは中世まで生存していた。最後の1頭(雌)がポーランドのワルシャワ郊外で狩猟されてオーロックスは絶滅したとされているが、西アジアでは18世紀頃まで生き残っていたと言われる(ヴェレシチャーギン、1979)。

 石器時代人はオーロックスを頻繁に捕獲したと想われる。打ち割られた骨がヨーロッパや西アジアの住居跡からよく見つかっている。骨の大きさからすると雌や子供がほとんどだった。

 更新世の百獣の王、ホラアナライオンがオーロックスを獲物にしていたことは想像に難くない。現在のライオンがアフリカスイギュウを狩るように、当時のライオンはオーロックスを襲ったに違いない。
 大きくて長い角は左右に開いてから前方に突き出しており、しかもインドスイギュウをしのぐ巨体、オーロックスは手強い相手だったろう。
 しかしホラアナライオンの化石が、オーロックスやバイソン、ヤクなどと共に見つかることからライオンがこれらの動物を常食としていたのは確かだ。


 復元されたオーロックス。その黒い体躯はスペインの闘牛を想わせる。原牛はかなり気性の荒い動物だったかもしれない。

 1932年、ドイツ、ミュンヘンの Hellabrunn 動物園長、Heinz Heck はオーロックスの形質を残す何頭ものウシからオーロックスの復元に成功した。彼はイギリスのハイランドなどヨーロッパ各地の複数の品種のウシを掛け合わせて原牛によく似たウシを産み出した。
 兄弟の Lutz Heck はベルリン動物園でフランスやスペインの闘牛を使って同様の試みを行いこれも成功した。
 現在、ヨーロッパ各地の動物園や農場でヘック兄弟が産み出したオーロックスの子孫を見ることができる。これらは本物のオーロックスというわけではないから Heck Cattle と呼ばれている。
 原牛との顕著な相違点はさして大きくないことだ。雄の肩高は1.4〜1.6mで、更新世のオーロックスはもとより、もっと新しい時代のいくらか小さかったオーロックス(肩高1.8m)と比べてもだいぶ見劣りする。


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