1977年、オーストラリア、ニューサウスウェールズのマクガイヤ川で、アザラシのような姿でブルドッグに似た顔をした怪物バンイップ Bunyip が目撃された。バンイップはイルカに似た声で威嚇しながら、水中に姿を消した。後に現場付近を調べると、今までに知られていない動物の奇妙な足跡と引き裂かれた子ヒツジの死体が見つかったという。

 オーストラリア南東部の湖や河川にはバンイップと呼ばれる正体不明の怪物が棲んでいると言い伝えられている。全身が黒い毛で覆われ、形は四つ脚とも鳥形であるとも、また鰭脚のアザラシ型だともいわれる(「驚異の未知動物コレクション」、2002)。
 1848年に、ユーメララ川のポート・フェアリー付近で、頭がカンガルーに似て口がきわめて大きく、長い首にたてがみを持つ茶色の怪物が目撃された。原住民はこの怪物を知っていて、水中に人を引き込む魔力を持っていると恐れ戦いた。
 オーストラリア博物館の動物学者・トロートンはヒョウアザラシをバンイップの正体の有力な候補と考えている。主に南極周辺の海域に棲むヒョウアザラシは冬には北に(南緯30度くらいまで)回遊する。そして時々はオーストラリア南部の川を遡ることがある。1859年にシドニー近くのショールハーベン川で3m近くある雄のヒョウアザラシが捕獲された。その胃の中には卵を産む獣、カモノハシが入っていた。

 バンイップの噂のいくつかはヒョウアザラシに合致する特徴をしている。口が大きく、顔つきが人に似ているといったところなどは。ヒョウアザラシは他のアザラシ類と比べて、体の割に大きな頭を持ち、また皮下脂肪が少ない(厚さ2cmほど)ため、敏速に動くことができる。
 ヒョウアザラシは、アザラシとしては珍しくないことだが、雌の方が大きい。雄は体長3m、体重270kgくらいだが雌は3.5m、380kgに達する。

 鰭脚類(アシカ・アザラシ類)の多くは魚やオキアミ、カニ、軟体動物などを主食としている。その中で唯一、ヒョウアザラシだけがペンギンや他のアザラシを捕食する肉食獣であり、南極大陸という最果ての地で猛獣としての地位を確立している。
 春から秋にかけて、アデリーペンギンの営巣地にヒョウアザラシはやってくる。泳ぐペンギンを下から襲い、脚や腹に噛みついて強く振り回す。地域によっては他のアザラシの子供が、ヒョウアザラシの重要な獲物になっている。また他のアザラシ同様、魚やイカなどもよく食べる。

 ヒョウアザラシが他のアザラシを襲うシーンはほとんど目撃されていない。しかし捕獲したヒョウアザラシの胃の中からアザラシの残骸が見つかることは多い。また子供だけでなく、しばしば成獣も襲うことが、傷を負ったアザラシの発見によって確認されている。
 カニクイアザラシが長さ30cmに及ぶ2列の深い傷を受けていたことがある。これはヒョウアザラシに襲われながらも、体を激しく回転させて虎口を脱したようだった(David Macdonald, 1984)。


 1985年、スコットランドの極地探検家 Gareth Wood はヒョウアザラシに噛みつかれた。薄い氷の上を歩いていたとき、突然、足下の氷が粉砕され、ヒョウアザラシの巨大な頭が飛び出してきたのだった。大きく開かれた口が彼の右脚を捉え、Wood は後ろ向きに転倒した。一緒にいた仲間たちがアイゼンの付いた靴でヒョウアザラシの頭を何度も蹴りつけたので、アザラシは顎を放し、彼は水中に引きずり込まれずにすんだ。
 Mark Carwardine(1995)は上の件の他、ヒョウアザラシが氷上を100mにわたって人を追いかけたこともあったという。それらはおそらく人をペンギンと誤認してのことであろうとしている。

 2003年7月22日、イギリスの海洋生態学者、Kirsty Brown がヒョウアザラシに襲われて死亡したNational Geographic が伝えている。彼女は南極の半島部近くで潜水している時に、噛みつかれ引きずり込まれてしまった。
 BAS(British Antarctic Survey)のメンバーが救命ボートに乗り込み、彼女を引っ張り上げたが、1時間にわたる蘇生の努力もむなしく、28歳の研究者は息を吹き返さなかった。
 BAS のスポークスマンはこれはヒョウアザラシが初めて人を殺した事件であると語った。何故アザラシが攻撃してきたのかはわからないとしている。

HOME