最大のシカであるヘラジカは、スカンジナビア、ロシア、北アメリカなど北半球の寒帯林に住んでいて、ラクダを想わせる起伏の多い体格と掌のように広がった大きな角が印象的である。ヘラジカは陸上の動物としてはキリン、ゾウについで背が高く(ラクダと同じくらいか)、肩高2mを超えるものもある。
 アメリカではムース、ヨーロッパではエルクと呼ばれる。またアメリカではワピチのことをエルクと呼ぶのでしばしば混乱が生じる。


 東シベリアのヘラジカ Chukotka Moose or Yakut Moose には肩高235cmの記録がある。しかしこのシカはスリムで体重は565kgしかなかった(Flerov, 1960)。
 カプラノフ(1948)によると、シホテ・アリン保護区の雄6頭は:体長245〜276cm、肩高169〜195cm。
 雌4頭は:体長224〜261cm、肩高163〜187cm。
 また他の観察者から集められた290頭の平均は:
 雄が体長253cm、肩高191cm、胸囲182cm、
 雌は体長256cm、肩高179cm、胸囲166cmだった。
 一方南シベリアのイリチシ川産は雄4頭の平均が:
 体長278cm、肩高208cm、胸囲205cm。
 雌5頭は:体長256cm、肩高181cm、胸囲175cm。
 1993年に Kenneth E. Behring が撃ったヘラジカの角は長さ127cm、左右の幅171cmだった。

 アラスカからカナダの北西州にかけて棲む亜種 Alaska-Yukon Moose が最も大きい。ニューヨーク自然史博物館には、アラスカの Funny 川でしとめられた2頭の雄の標本があり、それらは肩高199cmと206cmである。しかしこれらは特に大きな個体ではない。最大のものはおそらく1897年にユーコン川で射殺された雄で肩高234cm、体重は推定で1800ポンド(816kg)もあった。
 シートン(1925)によれば1918年にブリティッシュ・コロンビアで肩高262cmの記録があるという。その角は左右の開きが161cmだった。
 新しいところでは2003年9月にアラスカ半島の Ocean 川で Mark Rose が撃った雄は体重1600ポンド(725kg)(espn.go.com)。この数字はかなり大まかな推定のようだが、角も非常に大きく左右の開きが204cm(一対の重さは31kg)だった。
 Boone & Crockett Club が公認している最大幅は207cm(1972年)。
 1本で最も長い角は1997年、アラスカでの135cm(左右の開きは191cm)。


 カナダのニューファンドランド、オンタリオ東部からアメリカのバーモントにかけての亜種 Eastern Moose とブリティッシュ・コロンビアからオンタリオ西部、さらにアメリカの五大湖南岸地域に棲む Western Moose はよく似ているので、Boone & Crockett Club は同一の Canada Moose として取り扱っている。
 1949年にオンタリオの St Ignace Island で撃たれたものは肩高191cm、体重534kgあった。もっと大きかったのはカナダ東部、ニューブランズウィックで動物画家の Carl Rungius がしとめた肩高213cm、体長292cmの記録だ。胴回りが244cmあったが体重はわからない(J. Walker McSpadden, 1941)。
 新しいところでは2004年にニューブランズウィックで体重508kgの記録がある。これは field dressed なので実際の体重は650kg以上と思われる(www.travel2canada.com)。

 カナダヘラジカの角の最大(幅)は182cmで1900年にメーン州で記録されている。また1本で最も長いものは124cmでその開きは164cmだった(1959年)。Boone & Crockett Club の Records of North American Big Game, 1999による。  シートン(1925)によればカナダヘラジカで最大の記録(肩高)は、ケベック州マタワでハミルトン・ブリーランドが弟とともに1895年10月にしとめた個体で、224cmあった。
 1889年の秋にケベック州のマグナシッピ川でフェザーストンが撃った大きなヘラジカは内蔵と血を抜いてからの計量で608kgあった。生きている時には1700ポンド(770kg)ぐらいと推定できる。

 ヘラジカの体重は、昔は枝肉の重さから推定されていたが、近年では field dressed、つまり内臓や血を抜いてからの計量値で記録されることが多い。これだと実際の体重より25%ほど少なくなる。
 以下のニューハンプシャー、バーモントの数値はすべてこの dressed-weight である。

 ニューハンプシャー州での2003年の狩猟実績では、平均体重(dressed)は雄が340kg、雌が270kgくらい。また今までで最大の記録は雄が472kg、雌が370kgでいずれも1993年に捕獲されている。
 最大の角(幅)は1996年に記録された173cmで、その体重は356kgだった(www.wildlife.state.nh.us)。
 New Hampshire Fish and Game Department によればニューハンプシャーで2003年に捕獲された雄18頭の測定例では角は左右の幅が90〜156cm。
 バーモント州における2003年度の狩猟では、最大の雄が412kg(113頭の平均が315kg)、同じく雌が345kg(76頭平均266kg)となっている。この雄を射殺したのは Cassandra Hamwey という名のまだ14歳の少女だった。その角は幅160cmあった。

 またこれまでで最大は Steve Hunn が1996年に Brightonで撃った雄でニューハンプシャーと同じく472kgという(www.vtfishandwildlife.com)。


 ブリティッシュ・コロンビア南部からコロラドまで分布する Wyoming Moose は北方の亜種よりも小さく、肩高1.8m、体重1200ポンド(約540kg)を超えるものはめったにない(Elman, 1974)。
 最大の角は158cm(1957年)で、また最も長かったのは108cm、その幅は137cmだった(1987年)。

 2004年10月、Kurt Kavajecz と Ron Becher はブリティッシュ・コロンビアへ猟に出かけ、それぞれ590kg(角135cm)と500kg(角115cm)のムースを撃った(体重は推定と思われる)。Ron がしとめたムースの所に近づいた時、そこには先客が−500ポンド(約230kg)ほどのグリズリーが。
 彼らが叫ぶとクマは驚いて逃走したので何事も起こらずにすんだ。クマは死体を食べ始めたところだったようだ。ハンティングの一行は速やかに解体処理をおこなってその場を後にし、キャンプに戻った。彼らは antlers(枝角)をキャビンの外に置いたまま夜を過ごした。朝、それはなくなっていた。
 夜の間冷たい雨が降っていたので、濡れた地面にはクマの足跡が残されていた。すでに雨が雪に変わった中を彼らは角を求めて捜索し、3時間後、藪の中で一つ目を見つけた。キャビンから200ヤードほどしか離れていなかった。さらに150ヤードばかりの所に二つ目があった。頭骨に残った血の匂いにアントラーズを持ち去ったものの食べるところがなかったので捨てられていたようだ。彼らはクマではなくて角を見つけた幸運を喜んだが、すぐに荷造りをしてさっさと出発したのだった。

 スウェーデン南部で、2011年9月、発酵したリンゴを食べて酔っ払ったヘラジカが民家の木に挟まって動けなくなるという珍事が起きた。9月6日、風雨の夜、風の音に紛れて「何かが低い声で叫んでいる」のが聞こえたので、外へ出てみたら、隣の庭の木の上にすごく大きなものが乗っかっていた。ヘラジカだった。発酵したリンゴを食べて酔っ払い、(木の上の)リンゴをもっと食べようとした挙げ句、足を滑らせて木に引っかかって落ちたのだろうと発見者は語る。
 消防隊が巻き上げ機を使ってリンゴの枝を引っ張って曲げ、ヘラジカが自力で木から下りられるようにした。木の枝から自由になったヘラジカは、地面に崩れ落ちてそのまま熟睡。消防はヘラジカを寝かせたまま撤収した。ヘラジカは翌朝もまだその場に横たわっていた。8日にもやって来て、隣の庭をうろついていたそうなのでよほどリンゴの味が気に入ったとみえる(CNN)。

※ ac7059さんから知らせていただきました。

 1898年12月、ニューブランズウィックでヘラジカを追っていたハンターは、2頭のアメリカクロクマがヘラジカを攻撃するのを目撃した。逃げていたヘラジカにもう1頭のヘラジカが加勢してクマを迎え撃ち、ほどなく撃退した。2頭のヘラジカが別れるとクマは再び先ほどのヘラジカに攻撃をかけてきたが、またもや同じヘラジカが応援に現れ、1頭のクマを突き殺し、もう1頭を木に追い上げてしまった。
 ハンターは樹上のクマを撃ったが、先に狙っていたヘラジカは、たとえどんな立派な角を持っていようととても撃つ気にはなれない、むしろ麦でも与えて労をねぎらってやりたいくらいだと語った(シートン、1925)。

アラスカ、カトマイ国立公園での平和的な光景  小原秀雄氏(1966)はアラスカヒグマにとってヘラジカは重要な蛋白源とされているが、クマが健康なヘラジカを襲うことは少ない。ヘラジカもクマをあまり気にしないようだ。
 しかし子を持つヘラジカはクマを警戒する。Adolph Murie(1981)は子連れの雌が近くにいたクマを追い払うところを見ている。
 また雄のヘラジカがかなり離れたところにいたクマを攻撃したことがあったという。

 東シベリアではトラがヘラジカを獲物にすることがある。しかしトラが棲んでいる地域にはヘラジカは少ない(もっと北方に多い)のでヘラジカとトラの遭遇も少ない。

 ロシア極東における Abramov(1962)の調査ではトラの獲物99頭の中にヘラジカが7頭含まれていた。また1996年のシホテ・アリンでの報告では522例中、ヘラジカは9頭だった。

 トラやヒグマ、クズリがヘラジカを襲うこともあるが、やはり主要な敵はオオカミである。ヘラジカが逃げてもオオカミは執拗に追ってくる。
 カナダ東部で3年にわたって行われた観察によると、オオカミの群(平均15頭)とヘラジカの出会いは131回あった。
 11回はオオカミの接近に気づいたヘラジカがさっさと逃げてしまった。
 24回はヘラジカがオオカミを迎え撃ち、撃退した。
 43回はヘラジカが逃げ、オオカミは追跡したが振り切られてしまう。
 12回はヘラジカは逃げたが、追いつかれて戦いとなりオオカミが退く。
 34回はヘラジカは戦いながら逃げ続け、結局は振り切ってしまった。
 7 回はオオカミがヘラジカをしとめる。
(小原秀雄「食うものと食われるものと」、1981)
 ヘラジカの雄は大きな角を持っているが、戦いには角よりも蹴りを使う。その威力は厚着をした人間の体を突き抜いてしまうほどで、もろに食らうとオオカミはひとたまりもない。
 ヘラジカは木を背後にして身構えると、スタミナも温存でき、数時間も戦える。こんな時にはオオカミもすぐに諦めるようだ。

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