2007年7月、アメリカ東北部、ロードアイランドの Greenwich でフィッシャーが人やペットを襲う事件が2回続けて起こった。
 一人の婦人が警官に語ったところによると、水曜の夜にフィッシャーが庭に侵入し、彼女が飼っていたシェパードを攻撃した。夫がイヌを助けようとすると、フィッシャーは彼に突進してきた。それから森の中に走り去った。金曜日には、別の婦人がゴールデンリトリーバーと散歩をしている時、フィッシャーが追いかけてきたという。
 ロードアイランド西部の森ではフィッシャーは珍しくない。しかしこのような事件は例外的だ。警察署長の Ronald Lepre はフィッシャーが人を煩わせることはめったになく、攻撃などはごく稀だと語る。また今年(2007年)は例年になくフィッシャーを見かけることが多いとも (Boston.com)。

 イタチ科のテン属はユーラシアと北アメリカに7種がある。普通は地上で活動することが多いが、樹上での動作の素早さは目にもとまらぬほどであり、リスの天敵として知られる。
 フィッシャーはカナダから合衆国中部にかけての森林に棲む。しかし生息数は多くはない。そのためかアメリカでもあまり知られていない。
 テンとしては大型で、雄は全長95cm(尾は35cm)、体重4−5kgくらいある。最大のものでは9kgに達する(メーン州、1962年)。雌は全長80cm(尾は30cm)、体重2−3kgほど。
 一時乱獲されて絶滅寸前までに少なくなったが、その後保護が功を奏して少しずつ増えている。特にニューイングランドやニューヨーク州では見かけることが多くなったという。

 フィッシャーの主な獲物は、樹上ではリスやモモンガ、地上ではウサギやネズミである。ビーバーやマスクラットを捕らえることもある。体重が倍もあるアライグマさえ餌食となることがあり、キツネやカワウソを捕食した例も知られている。
 1957年にニューヨーク州のロングレイクでシカの子を襲った記録がある。フィッシャーの糞からシカの毛が見つかることはあるが、これは死体を食べたものと考えられている(Leonard Lee Rue, 1981)。しかしシートン(1925)によれば成獣の雄のシカを襲って、激しい反撃に負傷しながらも頸に咬みつきこれを倒した例がある。
 地域によってはカナダヤマアラシは重要な獲物だ。フィッシャーは、コヨーテやオオヤマネコ、ピューマよりももっと巧みにヤマアラシを捕らえる。ヤマアラシの周囲を素早く動いて棘のない顔を攻撃し、疲れたところで転倒させ、喉や腹に咬みつく。

シベリアや北海道に棲むクロテン Sable は高級な毛皮を持つことで知られる。体長は雄で50cm、雌は37cmくらい。エゾリスにとっては一番の大敵だ。

 フィッシャーという名は誤解を与えやすい。魚を食べるのは好きらしいが、自分で魚を捕らえることはまずないからだ。1934年、ニューハンプシャーの狩猟監視員 Rae Hunt は雪の中でフィッシャーの後をつけていて、ニジマスが多い渓流にたどり着いた。足跡は水際で消えており、フィッシャーが川に入ったことを示していた。また雪の上に残されたニジマスの残骸やその新鮮な血からもフィッシャーの漁が成功したのは明らかだった。これがフィッシャーが自ら魚を捕った唯一の記録だとされる。
 人が釣り上げて、野外で干したり、冷凍にしていた魚をフィッシャーが盗むことはよくあるそうで、フィッシャーの名の由来は、魚を捕るからではなく、盗ることからきているという(Ivan Sanderson, 1969)。

 マサチューセッツで朝にフィッシャーとハイイロギツネが互いに追いかけっこをしているところが目撃されている。2頭は遊んでいるように見えたという。森の中を駆け回り、坂を上ったり下ったり、木に登ったりしていた(Badguys.com)。


 フィッシャーには天敵といえるほどの動物はほとんどいない。幼獣はアメリカワシミミズクやボブキャット、コヨーテに襲われることはある。アメリカインディアンはフィッシャーがオオヤマネコを殺すことがあるという(シートン)。Leonard Lee Rue はそうした例が一つあったと述べている。そしてオオヤマネコがフィッシャーを餌食とすることの方が多いとも言っている。ボブキャットの巣でフィッシャーの残骸が見つかったこともある。
 オンタリオのインディアンによると、氷った湖の上で3頭のオオカミがフィッシャーを殺したことがあった。オオカミはフィッシャーを食べてはいなかったが。

キエリテン Kharza Marten
 極東ロシア、中国、台湾及び東南アジアに広く分布する。山地の森林に棲み、夜行性。しかし日中に見られることもある。主に齧歯類やナキウサギ、鳥の卵、カエルなどを食べている。ロシアの亜種は大型で体長65cm、一説では85cmに達する(Mazak, 1979)。しばしばジャコウジカやイノシシの子を捕食する。またキエリテンは他のテンと異なり、ペアや家族で獲物を襲うことが多い。
キテン Yellow or Japanese Marten
 日本(本州・四国・九州・対馬)と朝鮮半島の森林に生息する。体長44−55cmで雄は雌よりやや大きい。キテンとスステンの2色相があり、スステンはおもに西日本に見られ、キテンは東北地方に多いが四国、九州でも見つかることがある。
 はキテンで左が冬毛、右が夏毛である。スステンは夏毛のキテンに似ている。


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