2001年4月、雌トラが捕らえたサンバー(Sambar ミズシカ)の死体を置いて、一本の木に近づいた。そこではナマケグマが果実を食べていたが、突然クマは木から飛び降りてトラに向かってきた。まるで隠れんぼ(hide-and-seek)のような戦いが15分ほど、クマが立ち去るまで続いた。ナマケグマはトラの獲物に関心を抱いたのだろうし、トラは子のためにクマを追い払おうとしたようだった(Fateh Singh Rathore, 2004)。

 ナマケグマはインド、ネパール、スリランカに棲み、長い毛と胸の月の輪模様が特徴的だ。もっともツキノワグマに近縁というわけではなく、もっと古い原始的なクマである。ニホンツキノワグマよりやや大きく、雄で体長1.6m、体重120kgくらいある。

 ナマケグマの名は中南米のナマケモノから来ている。大英博物館は初めて知らされたこのクマを bear sloth と名付けた。彼らのゆっくりとした足どりや、木登りが巧みなこと。そして長く曲がった爪でナマケモノのように逆さにぶら下がることができ、また、夜行性であるため昼間は寝ていることが多いためだとされる。しかし実物を見た上での命名かどうかはなはだ疑わしい。
 1810年にナマケグマがパリに送られてきて、これがクマであることがわかり、クマ科に編入されたという。名前も単純にひっくり返して Sloth Bear となった(>RollingHillsWildlife)。

 ナマケグマは毛が長いので大きく見えるかもしれないが、体重は雄で90〜145kg、雌は55〜100kgくらいだ。Brander(1923)によれば雄で192kg、雌でも124kgの記録がある。Rowland Ward は全長216cmの個体が W. L. Hogg によって撃ち止められたことを記載している。
 前足の爪は7〜10cmほどもあり、蟻塚を壊してシロアリを舐めとるように食べるのに適しているが、また人や他の外敵に対しては強力な武器として働く。

 2002年12月、若い雄のトラが水辺でナマケグマと遭遇した。両者は後脚で立ち上がり、3回打ち合ったあとトラが2、3m後退し、クマは何事もなかったかのようにその場を離れた。少し離れたところでもう1頭のトラ−先のトラの兄弟−がクマの前に現れた。しかしクマに近づこうとはしなかった。クマはそのまま通りすぎ、2番目のトラは兄弟と合流した。

 ナマケグマの最大の敵は−他の野生動物と同様−人間だ。漢方薬の原料になる胆のうを採るために捕獲されている。また Dancing Bear という見世物にするためにも捕らえられる。
 人間以外ではトラとヒョウが稀にナマケグマを狙うことがある(Discovery)。またドール(アカオオカミ)の群がナマケグマを襲うこともある(小原、1981)。
 ナマケグマは他のクマに較べて毛が非常に長いが、その理由の一つは雌が子を背に乗せて運ぶという独特の習性の故かもしれない。このような行動は他のクマには見られないが、外敵から子を守るための手段だろうと考えられている。毛が長くて層が厚いため背中の子はそれにつかまることが容易だ。

 2003年2月、2頭のトラは再びナマケグマと顔を合わせた。トラはサンバーをしとめていた。トラたちが水を飲んでいる間にクマが現れ、1頭のトラが執拗に攻撃を加えようとしたが、クマはかまわず30分ほどもシカを食べ続けた。

 Laurie and Seidensticker(1977) はナマケグマの攻撃的な性質は、自在に木に登る捕食者−ヒョウの存在に起因しているかもしれないと考えている。いざというとき樹上に逃れることが有効ではないからだという。逃げるより反撃に転じた方が効果的ということだろうか。しかしこれはヒョウよりも人との衝突が増えたことが原因ではないかと思えるのだが。

 普段は臆病なジャッカルが、子を守るため執拗にナマケグマを攻撃する

ジャッカルがナマケグマを追う  ナマケグマは普段はゆっくりとした動きをしているが、その気になれば人よりも速く走れる。見かけによらず攻撃的で人とのトラブルはしばしば起こる。
 インド中部の North Bilaspur Fores では1998年4月から2000年12月までに人が襲われた例が137回もあり、死者は11人を数えた(AptOnline)。
 ナマケグマは臭覚は鋭いが、目や耳は鈍いので人と出くわしてしまうことが少なからずある。パニックに陥ったクマが盲目的に攻撃して人に危害を加える結果となるとされる(Walker, 1968)。

 2003年3月、何かを引きずった痕と多数のクマの毛、そしてトラの足跡が見つかった。インド中部の Ranthambhore 国立公園で40年にわたってトラの観察を続けてきた Fateh Singh Rathore は2頭のトラの母親が子を煩わせていたクマを殺したのだろうと考えた。以来、その周辺ではナマケグマを見ることがなくなった。

2008年4月、インドの Kanha National Park で早朝に雄のトラが、子を背に乗せた雌のナマケグマを襲い、これを殺すところが観光客に目撃されている。逃げ出した子グマは一度は、観光客に救いを求めるかのようにジープのすぐそばまで走ってきた。それから向きを変え木に登ろうとしたが、追いかけてきたトラに捕まり、幼い命を奪われてしまった。
※ けし太さんから知らせていただきました。

 Ranthambhore ではトラはナマケグマには関心がなさそうだと Fateh Singh Rathore はいう。トラがクマを襲わないのは、母親からクマが獲物であることを教えられていないからだとも。Ranthambhore 以外の地域では雌トラが子の見ているところでクマを殺したことが何度もある。これらの子トラはクマが獲物であることを覚える(Valmik Thapar, 2004)。


 2018年3月、インド西部マハラシュトラのタドバ国立公園で、雄のベンガルトラがナマケグマの子どもに忍び寄ったところ、母グマが珍しく攻撃性をあらわにして応戦し、15分ほどの戦いでトラを撃退した。
 戦いの途上では、母グマはベンガルトラに顎で押さえつけられ身動きが取れず、トラに圧倒されたようにみえたものの、何とか敵を振り払った。すると後ろ足で立ち上がった母グマは戦いに舞い戻り、絶え間なく攻勢をかけたところ、トラは退散。敗れ去ったトラは近くの池でクールダウンしたという(AFPBB)。

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