イヌワシ Golden Eagle というとすぐに絶滅危惧種として解説される。北半球の温帯地域に広く分布しているのだが、どこでも数が少ない。元々繁殖力が弱い上、環境破壊が進んで彼らの生息地が縮小しているからだ。日本でも北海道から九州までの山岳地帯に棲むが滅多に見られない。しかし種としてのイヌワシはともかく、個体としては強力な鳥なのだ。
ニホンイヌワシ(日本、千島、朝鮮半島産)は全長80−90cm、翼を左右に拡げたときの幅(翼開張)1.7−2.1m、体重は雌で4.8kgくらい。
中央アジアの亜種ベルクート Berkut はこれより10%ほど大きく、翼開張が雌の平均で2.2mほどある。体重は普通6.5kgまでだが、キルギス共和国の天山山脈で捕獲され、イギリスのノースウェールズで飼われていた Atalanta という雌は12.1kgに達した。翼を広げると277cmでこれもイヌワシでは最大の記録だ(Wood, 1972)。 キルギスではイヌワシをシカやオオカミを狩るのに使う。ワシは獲物となる動物の頭を爪でつかむように訓練されている。ワシの爪で捕らえられた動物は引き離そうとするが、ワシはしっかりとつかんで放さずそのうちあいては疲れてきて動きが止まる。 キルギスからコーカサスにかけてのステップに棲むオオカミ(C. l. campestris)はヨーロッパオオカミとチベットオオカミの中間型で(外見は後者に似ているが、前者とほぼ同大)雄は体長1.2mくらいある。これをイヌワシが狩るということはにわかには信じがたいが、公開された動画でオオカミを上空から捕らえるベルクートの勇姿が示されている。 ※ 動画は tcp さんから教えていただきました。 |
ヨーロッパのイヌワシは中央アジア産よりやや小さい。翼開張は雄(7)が189−212cm、雌(5)が215−227cm。最大のものは253cmで6.6kgの記録がある(Brown, 1975)。 |
↑翼開張4mとはいささか信じがたいが… |
戦前、満州でトラ狩の準備をしていた田中釣一氏(1968)は、初冬の夕刻、谷川の、張りつめた氷の上に大きなワシを発見した。近づいてよく見るとシカが倒れており、ワシはその上に乗って爪を立てていた。ワシはさかんに大きな翼を広げて舞い上がろうとしている。さらに近づいてみて、ワシの片足が氷の中に張りつめられているのがわかった。 どうやらワシに追われたシカが氷結しきっていない川を渡ろうとして、割れた氷に足を取られ、そこを攻撃されて死んだようである。ワシは片足をシカの上に、もう片方を氷の上に置いたまま、シカを食べていた。そのうちに割れた氷の間からにじみ出た水が寒気のために氷結してしまい、ワシの片足を氷詰めにしてしまったと見られた。 田中氏はこのワシを生け捕ることに成功し、2ヶ月余り飼っていたが、いっこうに馴れる気配を見せなかったので、新京の白山公園に寄贈されたそうだ。ちなみに当時の園長は古賀忠道氏(後に東京上野動物園長)だった。 |
オナガイヌワシ 全長86−102cm 上から木の枝などを落として、獲物を隠れ家から 追い出すようなこともする。 |
イギリスではキツネを相手に苦戦をした例が スコットランドでイヌワシがノウサギを殺したところにキツネが現れ、ワシの翼に噛みついた。ワシは爪を立てて反撃し、一度はキツネをふりほどいたが、今度は胸に噛みつかれた。ワシは何度か両翼でキツネを叩いたが効果がなさそうだった。 しかしついにワシはキツネに噛まれたまま飛び上がることに成功した。空中でキツネはワシを引き下ろそうともがき、顎により力を込めたがその間にもワシはますます高く舞い上がり、キツネの力が尽きて地面に落下した。キツネは死んだが、ワシもかなり出血していたようだ。キツネは体重が7kgほどあるから、イヌワシの死力を尽くした飛翔は相当なものだ。 オーストラリア、タスマニア、ニューギニアの森林や草原に住む大型のワシ。1932年にオーストラリアのアデレード近辺で測定された126羽の平均翼開張は226cmあったが、体重は3.6kgにすぎなかった。翼や尾は長いが細身のようである。 オナガイヌワシは小型のカンガルーやヒツジの子供、ウサギなどを補食する。成獣のカンガルーを殺す力はないので、母親を追い回して子供を落とすチャンスを狙う。 ところがニューサウスウェールズで1931年12月、大きなワシがなんとおとなのしかも雄のアカカンガルーを襲うところが目撃された。水の中に逃げ込んだカンガルーは、肩まで水に浸かりながら、突進してきたワシを捕らえた。そしてワシが死ぬまで水中に押さえつけた。このワシは翼開張が280cmもあった。体重は5.8kgだった。 Fleary(1952)によるとタスマニアでは翼開張285cmの記録がある。 |
アフリカ東部と南部の山岳地帯に生息する黒いワシ。腰の部分のみ白い。英名で Black Eagle ともいう。全長80−90cm、体重は雌で3.7−5.8kgでイヌワシとほぼ同大。広い地域に点在する岩山を飛び回ってハイラックスを探す。そのテリトリーは640平方キロにも及ぶ。 岩場に群をつくってすむハイラックス Hyrax は体長45cm、体重3-4kgほどある。コシジロイヌワシにとっては重要な獲物で、一つの群の巣を見つけるとそれが全滅するまで毎日やってくる。この強力なワシはハイラックスを片方の爪で掴んで飛行できるが、時々着地して一息つかなければならない。 南アフリカの登山家 Arthur Bowland は自らが飼っていたコシジロイヌワシに重さ9kgの荷物を掴ませて飛ばせようと試みたが、ワシは2、3m運んだだけでそれを取り落としてしまったという(Clarke, 1969)。 |