Harpy とはギリシャ神話に現れる怪物で、上半身が恐ろしい姿の女、翼、尾、爪などが鳥で、死者の霊を運ぶ役目をする。


 最大最強の猛禽 Raptor としてつとに有名なのがこのオウギワシ Harpy Eagle。強い脚とスパンが23−25cmもある爪を持ち、熱帯林の中で、木々の間を縫って高速に飛び回り、サルやナマケモノ、オポッサムなど中型の獣やコンゴウインコのような大形の鳥を捕らえる。
 メキシコからアルゼンチン北部にかけて分布し、頭にある黒い扇形の冠羽が特徴的だ。雄は全長90cm、体重5−6kgくらい、雌は1m、7−9kgもある。ガイアナの Stanley E. Brock が飼っていた Jezebelという雌(翼開張2m)は体重12.3kgもあった(Wood, 1977)。これは世界の猛禽類の中でも最も重い記録のひとつ。
 時速60−80kmのスピードで樹林を飛ぶので翼は幅は広いがあまり長くない。オウギワシの狩りは壮絶で、木に必死でしがみついているナマケモノを楽々と木から引き離し、ほとんど垂直に18m以上も舞い上がることができる。サル類はこの鳥の姿をちらっとでも見ると大きな悲鳴を上げて逃げまどう。
 1990年、ペルーの Manu National Park でオウギワシが7kgほどあるアカホエザルを殺して運び去ったのが目撃されている。ワシが運んだ獲物としてはおそらく最も重い記録(Carwardine, 1995)。
 インディオはこの鳥を捕らえて飼育し、装飾用に冠羽を使う。生きたオウギワシを飼っている者は仲間から大変尊敬されるといわれる。

ホンジュラスからアルゼンチン北部までの熱帯林に棲むカンムリオウギワシ Crested Eagle は、分布域も和名もオウギワシと紛らわしいが、やや小型で細長く尾と脚が長い。
 主に小型のサルくらいまでの哺乳類や、レインボウボア、エメラルドボアなど樹上に棲むヘビを捕らえる。雌(左)は全長80−90cm、黒褐色の上面と、赤褐色または黒の横縞のある白い下面をしており、胸に灰色か黒の斑紋がある。雄(右)は頭部も黒っぽく、胸や腹も黒く見えるほど斑紋が密である。

オウギワシ

ロンドン自然史博物館
※ 写真はある大学生(環境情報学部)の方から提供していただきました。 目がとてもかわいいのが意外だったそうです。

 フィリピンのルソン島、ミンダナオ島、サマル島、レイテ島に住む珍しいサルクイワシはオウギワシに次ぐ強大なワシ。
 やはり雌は雄よりかなり大きく全長1m、翼開張2.2mに達する。体重は雄で5kgくらい、雌は知られていない。サルクイワシの嘴は大きいが細い。これは視界を広げるための適応と思われる。
 サルやヒヨケザル、それにサイチョウなどの大形の鳥を捕食する。見かけによらずよく悲しそうな声で鳴く。
 熱帯雨林の伐採に伴ってこの鳥は非常に少なくなり、現在では150−250つがいしか生存していないといわれる。そのためフィリピン政府によって厳重に保護されている。


 サルクイワシの学名 Pithecophaga jefferyi はサルを捕食することから来ている。しかし名前がいつも正確なわけではない。サルクイワシの食物に占める霊長類の割合は実は少ない。サルクイワシの主要な獲物は皮翼類のヒヨケザル(サルではない)である。
 1978年にフィリピンのマルコス大統領はこの気高い鳥と、この鳥が生息する国家の名誉を損なうとして名前を Philippine Eagle と改めるよう命じた。

 サハラ以南のアフリカに生息するゴマバラワシは上の2種とは異なり、主に開けたサバンナにすんでいる。
 全長80−95cm、大きな雌は体重6.3kg。翼は長大で左右の開きが2.6mに達するものがある。背中は黒褐色だが、腹や脚はその名の通りごまをふったような黒い斑点がたくさんある。
 この鳥は高空を輪を描いて飛びながら獲物を探す。よくぽつんと孤立した樹木にとまっていて、ハイラックスやガゼル、ホロホロチョウなどを捕り、小型のヒヒやサルなどを襲うこともあり、時にはジャッカルを殺す。

 サハラ以南のアフリカの主に森林に住むカンムリクマタカは全長80−98cm、アフリカではゴマバラワシと1、2を争う大型で強力なワシ。その武装(爪)の強さではゴマバラワシを凌ぐ。サル、ハイラックスなど主に中型の獣を捕る。他のクマタカ類とは異なり、あまり待ち伏せはせず、木々の間を、低く静かに飛んで獲物を探す。よくサルの仲間のゲレザの群を襲い、混乱した群から離れた1頭を攻撃する。また森の外に出て、小型のレイヨウ類を襲うこともある。
 カンムリクマタカは猛禽類中、最大の獲物をしとめる。大型のヒヒマンドリルの亜成獣(雄)が殺されたことがある(Macdonald, 1984)。亜成獣の雄のブッシュバック(30kg)が餌食となったことがある(Tarboton, 1989)。成獣の雌のブッシュバックを捕らえる力量さえあるとされる(Peregrine Fund, 2003)。ブッシュバックの雌は25−60kgほどもあるから、カンムリクマタカの爪の威力が窺われる。
※ Peregrine Fund は剣鷹さんから教えていただきました。
 オウギワシとは姿も似ているが、重い獲物を地上から垂直に持ち上げることができるという点でも似ている。しかし樹上の動物を襲うことはしないといわれる。
 カンムリクマタカは高さ20mほどの樹上に巣を作る。また何代かにわたって受け継がれることもあり、75年以上も使われている巣もある。永年使用された巣の下には餌食となった獣の骨がうず高く集積している(EDUCATIONAL IMAGES)。

 1924年、南アフリカの洞穴で、250万年ほど前の猿人オーストラロピテクス Australopithecus africanus の頭骨が見つかったことがある。3歳半くらいの子どもだった。当初はネコ科の肉食獣に殺されたと考えられた。しかしオハイオ州立大学の W. Scott McGraw 教授は、その頭骨に残された傷跡が、彼が調べたサルの頭骨の傷に酷似していることを見つけた。それらのサルはカンムリクマタカの巣の下で集められたものだった。
 McGraw は象牙海岸の Tai rainforest でカンムリクマタカの巣16箇所から1200ほどの骨を集めた。その半分余りが霊長類のものだった。大半が小型のサル類だったが、1/3はマンガベー Mangabey だった。マンガベーは体重が6−11kgほどある(ニホンザルは8−15kg)。カンムリクマタカのほぼ2倍だ。もちろんこんな大きな獲物を丸ごと巣に運ぶことはできない。猛禽類は大きな動物を捕らえるとそれをバラバラに引き裂いてから巣に持ち帰るのだ(Research)。

 犠牲となった猿人の子は推定12kg、カンムリクマタカの通常の獲物のサイズに入る。もっとも右のように丸ごと巣に運ぶことはできなかっただろう。

鮮新世後期における南アフリカのタウングでの1シーン
アラン・ターナー(「図説・アフリカの哺乳類」、2004)


 ザンビアで7歳の少年、ダマス・カンボレ(20kg)が自転車に乗った兄と共に、学校へ向かって歩いている時、カンムリクマタカが樹上から襲いかかってきた。彼は頭と胸と腕を深く切り裂かれた。彼が手でワシを掴もうとしていた時に、畑に向かって同じ道を歩いていた女性が助けに来てくれた。彼女は持っていた鋭い鍬でワシを殺し、ダマスは地元の病院に運ばれた。彼はカーキ地の丈夫な制服を着ていたおかげで致命傷は免れた。
 カンムリクマタカは翼開張1.8m余りの若鳥で足指のスパンが19cm、爪は6cmもあった。この件を調査した生物学者は、少年がいた場所が巣の近くではなかったこと、攻撃の仕方がカンムリクマタカの通常の狩猟行動と同じだったことから、ワシは少年を獲物として襲ったと推測している。3ヶ月後、少年の傷は回復した(ピーター・ステーン、1983)。

 (ふしょ)とそれに続く鉤爪が猛禽類の武器だ。オウギワシ(上)とカンムリクマタカ(下)は他のワシ類と比べてもいっそうがっしりとした足と鉤爪を持っている(Brown, 1977)。
 脚がきわだって太くて力強く、足指は太くて短い。その結果、鉤爪はちょっとやそっとでは動かない。後側にある殺しの爪 Talon はオウギワシでは長さ9cmに達する。
 オウギワシとカンムリクマタカの方がサルクイワシの名にふさわしい。どちらも地域によっては獲物の半数以上がサルである。特にカンムリクマタカはサルへの依存度が高く、コンゴ(旧ザイール)のウサンバラに暮らす人々はカンムリクマタカをクンバキマ(サルさらい)と呼ぶほどだ。ウガンダのキバレ森林国立公園での調査では85%がコロブス、マンガベー、ゲノンなどのサルだった。タンザニアのキウェンゴマ森林保護区の調査ではカンムリクマタカの巣に残されていた遺骸のほぼ90%がブルーモンキーだったという。
 複数種の異なるサル類が食事、移動、休息を共にする行動を混群という。この行動はアフリカと新熱帯地域に見られる。カンムリクマタカとオウギワシの生息域だ。多くが集まることによってワシに狙われる確率を減らそうとするのだという(ハート&サスマン、2005)。

 ワシは上の嘴が長く、先の尖った恐ろしい鉤が扁平な下の嘴に重なる構造をしている。鉤状に曲がった嘴は、攻撃には向いていない。ところがあるカンムリクマタカは、若いマンドリルに襲いかかった際、それを鉤爪で掴むと頭に何度も嘴を激しく打ち込んでいた。

 カンムリクマタカ研究の第一人者、レスリー・ブラウンはかつて身をもってカンムリクマタカの攻撃を体験した。彼の背中には幅1cm、長さ20cmに及ぶ3本の傷跡が残っている。ブラウンは数年にわたって一羽の雌の巣を観察していた。その間、カンムリクマタカはブラウンに対して攻撃的な行動をとり続けていた。
 巣ごもりの時期のこと、雌のワシは侵略者にうんざりしたのか、全面的な攻撃に出て来た。300m近く離れた所から高速でまっすぐにブラウンに飛びかかり、片方の足で激しい衝撃を与えた。ブラウンは太い棒で殴られたような強い衝撃を覚えたという。鉤爪が掴んだのはほとんどがシャツだったので重傷を負わずにすんだ。この後、ブラウンは慎重になり、この雌のワシの巣には近づかなかった(Brown, 1977)。

 セントルイスにあるワシントン大学の古生物学者、タブ・ラスムッセンは、かつてマダガスカルに生息していた猛禽類、Stephanoaetus mahery の鉤爪を持っている。1500−2000年前に絶滅した。一説には500年前まで生存していたともいわれる(info.bio.sunysb.edu)。この大型ワシの前趾の鉤爪は長さ4cm余、とても頑丈だった。後趾の鉤爪は長く現生種のカンムリクマタカと同じくらい大きい。(ふしょ)骨はカンムリクマタカのそれよりも大きかった(ハート&サスマン、Man the Hunted, 2005)。
 Stephanoaetus mahery の鉤爪はマダガスカルで発見された。この爪を見たシカゴ・フィールド博物館のスティーブ・グッドマンは長さも太さも桁外れに立派な鉤爪と表している。そしてこの鳥はキツネザル類の恐ろしい捕食者だったと考えている(Goodman, 1994)。

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