確かな統計があるわけではないが、毎年100人以上の人がサメに殺されている。この人数は意外に少ないと感じられるかもしれない。サメと並ぶ天性の人食いであるワニに殺される人の数は毎年2000人以上ともいわれているのだから。
 オーストラリアの近海は特にサメの危険が多い。過去100年の間に少なくとも500人がサメに食われている。しかしかつてのインドやアフリカでトラ、ライオンの犠牲者が年に1000人に達していたのに比べればずっと少ない。それでもサメに襲われる危険は多くの人にとってずっと現実的なイメージがあるのは何故だろう?
 動きのとれない水の中という無力感が、不安をいっそう強調するのかもしれない。

 オーストラリア南部、アデレードの海岸で2004年12月16日、サーフィンをしていた18歳の Nick Peterson が2匹のホオジロザメに襲われ死亡した。スピードボートに乗っていた3人の友人が警察に語ったところでは、約300m沖合でサメはサーフボードに乗ろうとしていた少年の腕に咬みつき水中に引き込んだという。海岸にいた別の目撃者の話では1匹目のサメが少年の体の半分を噛みちぎり、2匹目が残りに咬みついた。
 事件はアデレードから10kmほどの海で起こり、海岸には多数の観光客がいた。サメはそれぞれ5mと4.5mくらいあったといわれる。事件後、警察は海岸を閉鎖した。アデレード周辺ではサメの目撃が相次ぎ、2週間ほど前に警報が出されていた。しかしサメによる人身事故は14年ぶりのことだという。(www.channelnewsasia.com)
 2匹のホオジロザメによる攻撃はめったにないことのようだ。18日の朝早く、サメを捜索中に Nick Peterson の遺体の一部が発見され、5mくらいのサメが2度目撃された。そして少年を襲ったサメは2匹と報告されたが、1匹だったのではないかとの専門家の談話も発表された。(www.heraldsun.news.com.au)
 オーストラリアでサメに襲われた死亡事故は今年にはいって3件目。11日に世界最大のサンゴ礁グレートバリアリーフで釣りをしていた38歳の男性がサメに足をかまれて死亡したばかりだった。


 プエルトリコの浜辺で、一組のホオジロザメが泳いでいる人を追って水際まで乗り出してきたことがある。無鉄砲な一人の海水浴客がスペアガンでそのサメを撃った。銛は後に雄と判明したサメに命中したが、サメは今度は海水浴客に向かってきた。人々は慌てて浜辺と逃れたが、長さ4.5mの怒れるサメはそれでおさまったわけではなかった。サメは浜辺へと突進し、そこでしばらくは口をパクパクさせていた。やがて騒々しい水音と共に波間に身を躍らせ、そのまま泳ぎ去った。野次馬たちは恐ろしさのあまり、その乱暴者が海の向こうに消えるのを茫然と見送るばかりだった。

 南太平洋のポリネシア民族は、男の雄々しさを試すためにサメを闘技に使ったといわれる。ここの原住民が崇拝するカモ・ホア・リとは巨大なサメ神であるといわれている。
 ある時代、サメは宗教的な祝祭日に浅瀬の潮だまりに封じ込められた。競技者はカヌーから飛び込んで、この巨大な魚にまたがり、鰓の割れ目に指を突っ込もうと奮闘する。こうされたサメは、動きが鈍って海底へ沈み、結局は窒息死することになる(J. B. スィーニ)。
 2008年5月11日、オーストラリア南西部のビーチで、37歳の男性が4mのホオジロザメに襲われた。彼は左足をかまれて大けがをしたものの、サメの目を突いて無事生還した。
「後ろに引っ張られたのは覚えている。手探りでサメのエラを見つけようとしたが、目を見つけたので指で突いたら離した」と語る。
 オーストラリアでは2007年には12件のサメによる襲撃が報告されている(ロイター)。
※ スズメっちさんから知らせていただきました。

 オーストラリアで、二人のサーファーの前に突如サメが出現。救助船がやってくるまで、サメは二人の周りを40分に渡って不気味に泳いでいた。

 サメによる人類最大の被害は、第2次大戦中に起こった。1942年11月、ドイツのUボートが南アフリカの沖合で、イギリス軍の輸送船 Nova Scotia 号を砲撃した。船上にはおよそ900人が乗り込んでおり、そのうち765人はイタリア人の囚人たちだった。
 船は7分ほどで沈み、数百人が海に投げ出された。船の残骸にしがみついていた彼らに飢えたサメの群が襲いかかった。翌朝に到着したポルトガルの救助船は、救命具にしがみついている脚のない死体を多数見つけた。生き残っていたのは192人だった。
 日本軍が真珠湾を奇襲した同じ日、地球の裏側ではサメの攻撃があった。南大西洋でイギリスの軍艦が魚雷攻撃を受けて沈没したのだったが、海に投げ出され、救命具を着けて助けを待っていた生存者にサメが次々と襲いかかった。
 救助の手が差し伸べられたのは5日後だった。サメの攻撃はそのときもまだ続いていた。乗組員の総数は450名、救助された者170名。いったい何人が魚雷で死に、何人がサメに殺されたのかはわからない。

 インディアナポリス号がフィリピンで日本の潜水艦によって沈められた時には、援けは4日間もこなかった。316人が助かり、883人が死んだ。見つかった死体のうち88人がサメにかみ殺されていた。救助された者の多くもサメに噛まれていた。

ハワイで捕獲された4m、540kgのイタチザメ。

イタチザメ

Tiger Shark

 2000年9月、沖縄の砂山ビーチでサーフィン中に男性がサメに襲われて死亡した。宮古署でサメに食いちぎられたサーフボードを調た結果、サーファーを襲ったサメはイタチザメと断定された。ボードに残された歯形が切れ込みのあるイタチザメの特徴で、最初推定されたオオメジロザメの三角の歯型とは明らかに違うと指摘され、またその口の幅からサメの大きさは約2mとみている。
 イタチザメは先島諸島近海ではウミガメを餌にしているといわれる。そのためボードをウミガメと間違えて襲った可能性が高いと見られている(琉球新報)。

 サーファーがボードの上に横になり、パドリングをする姿を、海中から見上げると、そのシルエットは、まさにウミガメそのものだという。そのシルエットをウミガメが水面に浮いている姿と誤認して、タイガーシャークがサーファーを襲ってしまったのではないかというのだ。では、ウミガメではなく人だとわかればイタチザメは襲ってこないのだろうか?

 イタチザメは非常に貪欲で、これほど何でも食べてしまうサメはいないだろう。熱帯海域では最も危険なサメと考えられ、人食いザメとされている。あらゆる種類の魚、アザラシやイルカなどの海獣類、ネズミ、ウシ、イヌなどの死体から麻袋、ビニール袋、缶詰の缶まで何でも貪り食う。
 ウミガメやウミヘビを襲うサメは少ないが、イタチザメの硬い頑丈な顎と鋸状の歯をもってすればウミガメの甲羅もひとたまりもない。胃の中からウマの頭や人の足が出てきたこともある。これらの胃内容物からみると、イタチザメが沿岸の浅瀬海域に頻繁に出没することは明らかである(サメ・ウォッチング)。

石垣島  八重山漁協一本釣り研究会は、以前から独自で駆除を行ってきたが、2006年度から離島漁業再生交付金事業で石垣島近海のサメを駆除している。サメの駆除をしないと釣った魚がサメに食われたり、仕掛けを持って行かれたりと被害がある。駆除をすることで2〜3カ月は安定した漁獲が見込めるという(サメが魚を食べるのは自然な営みなのだが)。
 2013年7月18日、石垣島では13隻の漁船でサメの駆除を行なった。150本ほどのカツオの餌を仕掛けたはえ縄漁で25匹が駆除された。ほとんどがイタチザメで、最大のものは長さ389cm、体重460kgもあった(石垣経済新聞)。

 イタチザメはホオジロザメに次ぐ大型のサメで、長さ4m、体重500kgに達する。主に暖かい海域で多く見られる。カリブ海やメキシコ湾には特に多いといわれる。
 9mに達するものがあったといわれるが、確かなところでは1957年のベトナムでの7.4m、3110kgが最大の記録だ。(サメ・ウォッチング、1989)
 南アフリカのダーバンに水揚げされた4.3mのイタチザメの胃には、ワニの頭と胴体の前の部分、ヒツジの脚や3羽のカモメなどが入っていた(Shadows in the Sea)。


長さ(m)体重(kg)漁獲地
4.1645オーストラリア(1958)
4.2595オーストラリア(1953)
4.2807釣上げられたうちで最大の記録
5.51,524ニューサウスウェールズ(1954)
5.5キューバ(1948)
5.5クイーンズランド(1980)
6.3798パナマ(1922) 

タイガーシャーク

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