コブハクチョウ Mute Swan


 ハクチョウは臨終に際して、自分の声を歌に表し、それが始めの終わりだという伝説がある。アメリカ自然史博物館(ニューヨーク)の創設者の一人・鳥類学者の D. G. エリオットは、標本にするためにハクチョウを撃った時、傷ついたそのハクチョウの声を聞いて肝をつぶした。空から舞い落ちながら、ハクチョウが歌い始めたその声は、もの悲しく音楽的で、1キロ離れた水面へ落ちるまで続いたという(ドナルト・ピーティ、1966)。

 コブハクチョウはヨーロッパから中国にかけて分布する大きな鳥で、全長1.5m、翼開張は平均2.5mくらいある。1939年にイギリス、ドーセットの白鳥飼育場で Guardsman と呼ばれていたコブハクチョウは翼開張が3.7mもあったといわれる(未確認)。
 コブハクチョウは飛ぶことのできる鳥の内で最も重い種の一つでもある。平均体重が12kgほどもあり、ポーランドでは22.5kgもあったものがいた。もっともこのハクチョウは一時的に飛ぶことができなかった。
 ヨーロッパでは公園や池・湖に半野生の状態で多数飼われており、日本でも皇居の堀などに放し飼いにされている。
 日本の各地で野外で見つかった記録もあり、ほとんどは飼育されていたものと考えられるが、1933年11月に八丈島で見つかったものは大陸からの迷鳥だったようである。
 優雅な見かけとは裏腹に、ハクチョウは数少ない危険な鳥でもある。

北アメリカに住むナキハクチョウ Trumpeter Swan
 コブハクチョウと同じくらい大きく全長1.5m以上になる。翼開張は2.5m前後で、3.1mの確かな記録がある。体重は平均は12kgくらいだが17.2kgに達したものがあった。

 1938年にイギリスのマサチューセッツで幼い子供がコブハクチョウに殺されたことがある。子供が巣に近づいたためハクチョウが襲いかかり、子供を水中に抑えつけて溺死させたのだった。
 1972年、ニューヨークでは(コブハクチョウは北アメリカ東部にも移入され、野生化している)成人男性が殺されている。彼はハクチョウの巣に近づき雛を捕らえようとしてハクチョウにめった打ちされたのだったが、死因は心臓麻痺だった。
 この時ハクチョウは水面を助走しながら男に接近し、半分折りたたんだ翼で強烈な肘撃ちや張り手をみまった。
 ナキハクチョウは雛を守ってコヨーテやワシと戦い、これを撃退するという(ドナルト・ピーティ、1966)。

 ナキハクチョウも日本に飛来したことがある。1992年と93年の冬に宮城と岩手で見つかっている。アラスカから飛んできたのだろうか? ナキハクチョウは他のハクチョウ類のような長距離の渡りはしないのが普通だ。

 体型の異なる鳥の大きさを比較するのはなかなか難しいところだが、日本産鳥類(迷鳥を除く)で最大はオオハクチョウ Whooper Swan だろう。全長1.4m、翼開張2.3mくらいあり、体重も平均で11kgといわれる。ツル類の方が背が高いが、体が細いのでインパクトに欠ける。しかし北海道のタンチョウ(全長1.4m、翼開張2.3m)には体重15kgに達するものがある。

 オオハクチョウの whooper は叫ぶ者という意味であり、かなり大きな声を出すが、ナキハクチョウともなると他のハクチョウよりのど笛(鳴管)の回転部が一つ多く、さらに大きな深い声が出せる。英名 Trumpeter Swan はラッパのような声を出すところから来ている。
 一方コブハクチョウも決して Mute(無言)ではなく時にはやかましいくらいで、軍隊ラッパや、荒々しい鼻息、子犬が鳴くような声も出せる。ヨーロッパではハクチョウは優雅で物静かで死ぬ前にだけ美しい声で鳴く、とのイメージがあるのであえて Mute Swan と名付けたのだろうか。

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