ニホンオオカミ(ヤマイヌ) Canis hodophilax
上野・国立科学博物館の剥製。福島県産の雄。体長88cm、肩高42cm↓
100年以上前には、日本にもオオカミが棲んでおり、その亜種、または近縁の別種とされている。大陸のオオカミよりも小さく、体長90〜114cm、尾長30〜34cm。中型日本犬くらいの大きさで、他のオオカミと比べると四肢と耳が短い。
本州・四国・九州に分布していたが、1905年に奈良県鷲家口で捕獲された雄が最後の記録。以前はオオカミCanis lupusの亜種とされていたが、最近は独立種と考えられるようになった(今泉吉典、1991)。
最後のニホンオオカミ
1905年に奈良の鷲家口で採集された若い雄(アメリカ人のマルコム・アンダーソンが漁師から買い取ったもの)、毛皮と頭骨がロンドンの大英博物館に収蔵されている。 頭骨全長190mm、体長91cm、尾長34cm。
ニホンオオカミは、遺伝的には大陸のオオカミの一系統に由来し、日本へ渡来した時期はかなり古いものと考えられる。ニホンオオカミは北海道では検出されていないことから、最終氷期(17,000〜22,000年)よりは前に、朝鮮半島を経由して九州、四国、本州に渡来したものと思われる。
おそらく、渡来した集団は小さく遺伝的な変異の少ない形で明治時代まで小集団として日本各地に生息したものと思われる。今回解析した九州、四国、本州で捕獲したニホンオオカミのサンプルに遺伝的な地域性が見られないのもそうした考え方を支持する。
ニホンオオカミは日本列島に渡来後、島しょ化により大陸のオオカミに比べて体格が小さくなり、大陸のオオカミとは隔離した形で日本列島に閉じ込められたものと考えられる(絶滅したニホンオオカミの遺伝学的系統)。
シーボルトのヤマイヌ
ヤマイヌの最初の学術的な研究は、オランダのシーボルトが1826年に大阪の天王寺で買い入れ、ライデン博物館のテミンクが発表した日本動物誌(1844)だろう。ここではオオカミに似ているが小型で脚が短い新種Jamainuとして扱われている。
体長92cm、尾長32cm、肩高43cm、頭骨全長180mm。
奈良県・鷲家口のオオカミや、このテミンクのオオカミはずいぶんと小さい。ニホンオオカミの頭骨15点の測定で203〜236mmなので、これらの2頭はまだ若い個体(亜成獣)だったのかもしれない。
また肩高42cmとか43cmなど、オオカミとしては、テミンクも指摘しているように非常に低い。ジャッカル(40〜50cm)やドール(42〜55cm)と変わらない。
マイバート(1890)は、ヤマイヌがオオカミより小さいだけでなく、四肢が短いと強調していることに対し、普通のオオカミにも同じように脚の短い個体がよく見られるとして、ヤマイヌを新種とすることに反対している。
ロンドン動物園にはヤマイヌが飼われていたことがある。これは1878年6月に寄贈されたもので、実際にこれを見た T. H. Huxley は「単なる小型のオオカミ」と書いている。テミンクの計測によると体長84cm、尾30cm。写生図(↑)はプロポーション的にかなり稚拙である。
オオカミとヤマイヌ
中国には犲狼という言葉があり、犲はドール(アカオオカミ)、狼はオオカミを指す。日本に中国から犲狼の文字が入ってきた時、狼はオオカミ、犲はヤマイヌと読んだが、日本にはオオカミしかいないので、どちらも同じ動物を指すようになったようである。
従ってヤマイヌとは本来ならドールの呼称であるべきか? 古い本にはドールをインドヤマイヌ(南方種)、シベリアヤマイヌ(北方種)などと書かれていた。
一方、朝鮮半島にもこれら2種がいて、どちらもヌクテと呼んでいた。チョウセンオオカミと北方のドールには体格差があまりないためだろうか。朝鮮半島のオオカミは、体長92〜107cm、肩高63〜65cm。かつては独立した亜種とされていたが、現在では中国産と同一(チベットオオカミ)と見做されている。
ヤマイヌと同じ頃に北海道で絶滅したエゾオオカミは典型的なオオカミだった。大英博物館にある頭骨標本は、そこに収蔵されている多数のユーラシア、北アメリカ産の頭骨よりも大きいという。ポコックが既に学名が付与されていることを知らずに、Canis lupus rex と名づけてしまったほどである。
エゾオオカミ(Canis lupus hattai)
北海道でエゾシカが森林を食害していると聞いてオオカミが生きていれば…と思うのは私だけではないだろう。家畜を襲うため賞金付で駆除されてしまったエゾオオカミの最後の記録は1889年のことで、1枚の写真さえ残っていない。
北海道大学農学部には雌雄2体の剥製がある。雄は体長129cm(雌は120cm)。唯一の頭骨は大英博物館にあり(剥製には本物の頭骨は使われないことが多い)、ポコックによれば全長274mm。ヨーロッパオオカミとシベリアオオカミの頭骨全長が240〜280mmであるからエゾオオカミの大きさが偲ばれようというものだ。
1905年以降にもニホンオオカミだという死体が報道されたことが何度もあったが、いずれも野犬だと鑑定されている。札幌の大通高校には、エゾオオカミとのラベルが付いた剥製があり、札幌市博物館活動センターに寄贈された。外見からはイヌかオオカミか区別が付かなかったようで、DNA鑑定が行われ、北海道犬の可能性が高いと野結果が出ている (HMA)。
獣害対策の切り札は「オオカミ」
シカ、イノシシ、サルなどの野生鳥獣による農林業被害が深刻化する中、獣害の抑制や生態系の保護などのため、日本では絶滅したオオカミを復活させようと真剣に活動する団体がある。東京農工大の丸山直樹名誉教授が会長を務める「日本オオカミ協会」(本部・静岡県南伊豆町)だ。同協会は、米での成功例をモデルケースに、国内の一定の地域にオオカミを再導入。十分に管理しながらオオカミの繁殖を促し、広い範囲での生態系の回復を目指す(MSN産経)。
日本では天敵がいないため、イノシシやシカが増えて森林、農園などが荒らされる被害が増大していることは周知の事実だ。アメリカでもオオカミが絶滅寸前となり、シカが増えすぎて深刻な問題となっていた。1995年頃にモンタナやアイダホでオオカミの移入が始まっている。農場経営者は強く反対したが、オオカミの被害が起これば保証すると説得し、彼らの監視のもとにカナダからオオカミが持ち込まれたのだ。
オオカミによる人への襲撃を懸念する声は当然上がるだろう。オオカミが人を襲うことはめったにないのだが皆無ではない。登山等の観光関連はもちろん、林業や農業など野生動物の被害に頭を悩ませている人々からも強い抵抗があると予測される。
今泉吉典氏(1971)はサハリンや千島のオオカミもエゾオオカミと同じ亜種のようなので、まだ絶滅していないことになるといっておられるが確認されてはいないようだ。
しかし『樺太博物誌』(玉貫光一著、昭和19年)には、「エゾオオカミが樺太(サハリン)にも分布することになっているが、少なくとも現在(1944年)はその跡を絶ったものと考えられる」とある。20世紀前半の時点でサハリンでも絶滅していたことになる。
一方、シベリアヤマイヌ(北方ドール)は、「北樺太では時々見受けられるようで、ロシア人の書いた旅行記等にも、犬に似た短い吠声が夜の闇を通して聞こえた等という事があり、現に敷香オタス部落に住む人の幾人かが冬季大陸から最挟部を渡って来るのを目撃しているから、此の獣が樺太と大陸とを往来する事は確実と云ってよいと思う」とあるそうだ。しかしサハリンに常時生息しているかどうかは疑わしいとしている。
※ 樺太博物誌はふみたさんから知らせていただきました。