ワニ類の進化は、中生代ジュラ紀に本格的に始まっているが、現代型のワニ(正顎類)は白亜紀になって登場し、新生代第三紀に全盛に達した。この正顎類の最大の代表が、白亜紀の末、7500万年ほど前に北アメリカに棲んでいた巨大なデイノスクスだ。



 1940年にアメリカ自然史博物館の一行が、テキサスで発見した頭骨は長さ1.8mもある()。ティランノサウルスの発掘でも知られるバーナム・ブラウンはデイノスクスの全長を15mと推定している。現在のイリエワニの大型のものが全長6m(頭骨の長さ70cm)なので、ほぼ同じプロポーションだとすれば妥当な見積もりだろう。

 デイノスクスがハドロサウルス類など当時の草食恐竜を獲物として襲ったことは想像に難くない。初期のワニ類とは異なり(現在のワニと同様に)デイノスクスは水中で水を飲むことなしに口を開くことができた。ナイルワニのように水辺で草食動物が近づくのを待ち伏せ、突然咬みつき、水中に引き込んだと思われる。
 デイノスクスは、最大の肉食恐竜・ティランノサウルスに比すべき存在だっただろう。大きさでは遜色はない。しかしクルテン(1968)によれば、両者は年代的には数百万年の隔たりがある。双方が出会うことはなかったようだ。


 コロンバス州立大学の古生物学者デイビッド・シュワイマー氏によると、デイノスクスの歯形が残っているアパラチオサウルス Appalachiosaurusアルバートサウルス Albertosaurus の骨が見つかっている。どちらも全長9m前後の大型肉食恐竜だ。
 「発見された歯形の中には治癒した痕跡もあった。恐竜が咬みつかれた後も生存していたことを示している。つまり、生きている恐竜と闘っていたのであって、デイノスクスが死骸をあさっていたのではないとわかる」とシュワイマー氏は話す。彼はジョージア州で発見されたウミガメの化石に楕円形の不自然なくぼみを発見した。その後、テキサス州のビッグ・ベンド国立公園やニュージャージー州立博物館で、同じくぼみを恐竜の骨に見つけたのだ。
 ただ、現生のワニ類やその近縁の絶滅種は、比較的小さな獲物は咬まずに丸ごとのみ込み、大きな獲物は関節部分で引き裂いてから口に入れるという習性がある。つまり証拠となる歯形がほとんど残らないとの指摘もある(NationalGeographic)。

 最近ではデイノスクスは全長12mだったとする説がよく見かけられる。新たな発見があったわけではなさそうなので、これは頭骨の再検討がなされたのだろうか。
 頭骨の長さ1.8mのワニが全長15m以上というのは妥当なところなのだが、この1.8mが頭骨全長ではなく吻端から下顎の後端までの長さなら確かに推定全長はだいぶ小さくなる。大型のクロコダイルの場合、全長は頭蓋の長さの8−9倍、下顎の長さの6−7倍あたりである(10mのイリエワニ)。

 幾人かの古生物学者は、デイノスクスが現在のクロコダイルのような生活をしていたことに疑問を呈している。典型的なワニよりも胴が短く、四肢が長く、その頭骨から推定されるほど大きくはなかった。そしておそらく陸上で生活していたというのだ。
 デイノスクスの化石は、先の頭骨以外には、モンタナで発見された背骨や肋骨などが少数知られているだけなので、デイノスクスを現在のクロコダイルそっくりにイメージするのは無理があるのかもしれないが、確かなところはさらなる発見を待たねばならない(Barry Cox, 1988)。


 1858年、ノースカロライナで長さ9cm、幅3cmの大きな歯が数本発見されており、これがデイノスクスの最初の化石となった。1903年にモンタナでワニの鱗板骨が見つかり、その後の調査で背骨、恥骨、肋骨などが発見された。これらに基づき1909年にデイノスクスと命名された。
 1940年代のアメリカ自然史博物館の調査により、テキサス南部のビッグベン国立公園で断片化した頭骨や顎の骨が固い岩盤に埋め込まれた状態で見つかった。これが1954年にフォボスクス Phobosuchus hatcheri と名づけられて発表されたのだったが、1979年に先に発見されていたデイノスクスと同一であると鑑定された。
 さらにニューメキシコ、ニュージャージー、アラバマ、ジョージア、メキシコからも化石が見つかり、デイノスクスの分布が広かったことがわかってきた。これらの内、ニューメキシコ、テキサス、メキシコ、モンタナ産と他の東の地域産は当時、内海を挟んで西のララミディアと東のアパラチアに分かれて生息しており、別々の種であるともいわれる。東側のデイノスクス D. rugosus は西側の D. rigurandensis よりも小型で全長8mくらいだったと推定されている。またこれら東西のデイノスクスが本当に別の種であったかどうかはまだ確定しておらず、同じ種であるとの指摘もある(小林快次、2013)。


 デイノスクスよりも大きいかもしれないといわれるアリゲーターの化石が、アマゾン川流域の新生代第三紀、およそ800万年前の地層から発見された。10cmの歯を持った完全な頭骨は1.5mあり、全長はおそらく12m。
 1892年に知られていたより小さな個体からの推定では、プルスサウルスはデイノスクスより重々しい体格をしていたと考えられる。もっとも推定体重18t(Carwardine, 1995)などというのは大袈裟だ。

 2006年3月13日、ペルーの San Isidro カントリークラブにアマゾンの巨大カイマン・プルスサウルスの模型が登場した(現在はサンマルコ自然史博物館に展示されている)。

 アマゾン川の過去2500万年における生物と地質の歴史研究の一環として、サンマルコ大学が3年を費やして制作した。
 プルスサウルス(全長11.5m。ここでは体重は10tと推定されている)は大型のカメを食べていたとされている。化石が一緒に見つかっているからだろう。

 プルスサウルスや近年発見されたサルコスクスはいずれも史上最大のワニとして紹介されているが、デイノスクスより大きかったといえるだけの確証はない。全長11−12mのワニの推定体重が8−10tというのはかなり過大に感じられる。
 イリエワニの大物が長さ6m、体重1tとして、全長が2倍のワニの体重は4tからせいぜい8tまでではないだろうか。ワニよりも胴が太かったティランノサウルス(13m)でさえ推定6−7tなのだから、プルスサウルスがいくら重厚な体格とはいえ、10t以上だったとは考え難い。

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