反 撃 − Challenging Prey


 田中釣一氏(1968)が戦前、旧満州の農家を訪れた時、そこの主人から、飼っていた赤牛(チョウセンウシ)がトラに襲われた話を聞いた。
 ある夜、ものすごい唸り声に驚いた農家の主人が外に出てみると、繋がれていたウシがトラと戦っていた。血だらけになりながらも角で2度、3度とトラを突き、深手を負ったトラはついに逃走した。しかしトラの牙と爪で深く傷ついたウシは死んでしまった。
 もし繋いでいなかったら、ロープから放してやることができていたら、きっとトラにやられたりはしなかっただろうと彼は悔し涙を流したという。

 映画ではウシがライオンと戦っている(※この動画は Akira さんから教えていただきました)。
 繋がれていたり、閉じこめられたりして逃げ場がない閉塞した環境では、おとなしいウシも命がけで抵抗する。いわゆる「窮鼠猫を噛む」だ。元々体が大きくて力もあるウシのこと、トラやライオンを辟易させてもおかしくはないが、もし拘束されていない環境だったら、ウシは逃げる方を選んだだろう。そして追いつかれてからの反撃では功を奏さず、あっさり殺されていたかもしれない。

シンメンタール Simmental
 スイス原産の肉・乳牛。ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどで広く飼育されている。雄の標準体格は肩高155cm、体重1150kg。


ミーアキャット vs アフリカニシキヘビ

 南アフリカの灌木林で、ニシキヘビがミーアキャットのコロニーに侵入した。しかし驚き、興奮したミーアキャット(15頭)に取り囲まれてしまった。彼らは機会を捉えるとヘビに咬みつき、そしてぱっと跳び下がって危機を脱した。大蛇は電光さながらの素早さで1頭のミーアキャットを捕らえ、あっという間に締めつけて哀れな犠牲者の命を奪った。
 ここでニシキヘビはさっさと引き上げれば良かったのに、1頭に巻き付いたままじっと留まっていた。他のミーアキャットたちはまだ攻撃を続けていた。ニシキヘビの尾がさっと伸びてもう1頭のミーアキャットを捕らえた。ミーアキャットは果敢に咬みついて反撃したが、ニシキヘビが力を込めると息が詰まり、動けなくなった。
 ミーアキャットたちのヒットアンドアウェイは、ニシキヘビの体のあちこちで続いており、しだいに流血が激しくなった。戦いは3時間に及び、ついにニシキヘビは息が絶え、じっと観察していた FitzSimons (1930) が近づくとミーアキャットはその場から去っていった。ニシキヘビは100箇所以上にわたって咬まれ、引き裂かれていた。

ミーアキャット Meerkats or Suricate
 南アフリカ産、ジャコウネコ科。体長25-31cm、体重は1kg以下。
 後脚で直立して日光浴をするユニークな生態で知られている。


ライオン vs ウシカモシカ

 ライオンに襲われると、ヌー Gnu(ウシカモシカ)は普通逃げるが、タンザニアのセレンゲティでバートラム(1978)は、雄のヌーが雌ライオンと正面から向き合っているのを見つけた。ヌーの左前脚が少し腫れており、あまり速く走れないようだった。しかしライオンが近づいたり、背後に回り込もうとすると反撃して後退させた。
 ヌーはライオンを1時間近くも阻止していたのだが、疲れて座りこんだため、立ち上がる間もなくライオンに捕らえられてしまった。
 シャラー(1972)も一度、ヌーがライオンに対して自衛の姿勢をとったのを見ている。1頭の雌ライオンが腰を低くしながら走って近づいてきた時、ヌーは頭を下げて突きかかった。ライオンは後足で立ち上がったが、もう1頭の雌ライオンが背後に回り込み、前足でヌーの太腿を捕らえ引き倒した。
 雄のヌーが200kgの体重をかけて角で突きかかれば相当な戦力になるはずだが、ライオンに攻撃されると、ヌーは間違いなく逃げ出す。それは反撃することを知らないのではなく、逃げる方が助かる可能性が高いからだ。

 ヌーはアフリカ各地でライオンの重要な獲物となっており、その割合はナイロビ公園で48%、クルーガー公園で24%、カラハリで37%、セレンゲティ公園では57%を占めている(Sunquist, 2002)。


トラ vs ヒツジ

野生のヒツジ類は繁殖期になると雌を巡って、雄同士が頭をぶつけあって戦う。(上は北アメリカのオオツノヒツジ)
 インドの田舎ではヒツジが闘技用に飼育されており、しばしば試合が行われる。癇癪持ちの闘技用ヒツジを飼っていた男がいたが、とうとうこの忌々しいヒツジに愛想を尽かして、トラの巣穴へ投げ捨てた。
 するとあたりに響き渡る大きな音がした。穴に入れられたヒツジがいきなりトラに凄い頭突きを食らわせたのだった。哀れなトラはすっかり動転し、あげくの果てに怒れるヒツジに殺されてしまったという。(O.ブレランド、1963)
 トラは普通子育ての初期以外は穴に潜むことはないが、インド北部やネパールの険しい山岳地帯に棲むトラの中には巣穴を持つものもいるらしい。

 中国西部では闘技用にヒツジが飼われていて、祭典の際などに闘羊(ドヤン)が催される。穏やかな表情でいきなり突進し、頭突きをくらわせ、角と角をぶつけあって激しく闘う。
 また、西ジャワでも雄のヒツジを闘わせるアドドンパ(adu dompa=闘羊)という競技がある。2頭のヒツジは頭からぶつかって角を突き合わせて押し合う。角が衝突する時は激しい音がする。数回繰り返すと弱い方が逃げ出す。強いヒツジを持つことはスンダ農民の誇りである(インドネシア専科)。

グリズリー vs シロイワヤギ

シロイワヤギ Rocky Mountain Goat
 肩高90〜115cm、体重45〜135kg(最大228kg)
 白い毛と年寄りじみた顔がおっとりした印象を与えるが岩場ではかなり敏捷で、オオカミの群でもなかなか捕らえられない。
 ナチュラリストの William Hornaday はカナディアン・ロッキーで背骨を砕かれて死んでいるシロイワヤギの死体を発見した。まわりにハイイログマの足跡があったことからクマに襲われたと考え、周辺を探すとハイイログマの死体も見つかった。クマには胸にシロイワヤギの角にやられたらしい深い傷があった(Great Bear Almanac, 1993)。
 シートン(1925)も上のハイイログマがやられた例を紹介している他、ブリティッシュ・コロンビアの牧場に迷い込んだシロイワヤギをそこの牧場主、アーサー・フェンイックが生け捕りにしようとした際の顛末も語っている。ヤギの激しい反撃を受けてイヌが次々と殺されたので結局はライフルを使うしかなかった。15頭はいたはずのイヌが2頭を残して死んでしまったという。

 シロイワヤギはヤギ類でもさらにニホンカモシカやゴーラル、サイガ、シャモアなどに近い種類で、意外に大きい。

 
カワウソ vs インドニシキヘビ

 コーベットはその友人ウィンダムと共にニシキヘビを生け捕るためにインド北部、Kaladhungi へ出かけた。友人が最近オープンしたばかりの Lucknow 動物園から頼まれていたからだ。ニシキヘビの捕獲には失敗したが、彼らはニシキヘビを見つけた場所へ再び出かけ、まだニシキヘビがいるかどうか探していた。そして大きなニシキヘビの死体を発見する。
 長さ5.3m、胴回り67cmもある大きなインドニシキヘビは彼らが到着するほんの数分前に殺されたようだった。
 コーベットは2頭のカワウソが左右から代わる代わる攻撃したと考えた。ニシキヘビが1頭に応戦しようとした時、反対側にいたもう1頭が素早くニシキヘビの首−それもできる限り頭に近いところ−に咬みつく。驚いたヘビがそちらに頭を向けようとするともう1頭が……というやり方だ。この単純だが効果的な攻撃を繰り返すと、やがてニシキヘビの首は骨まで咬み裂かれてしまう。
 何故カワウソは大きなリスクを覚悟でこのようなことをするのだろうか?

 コーベットにはスポーツとしか考えられなかった。また彼はカワウソが同様な方法でワニも殺したことがあるという(Jungle Lore, 1953)。
 食べるためではない、獲物を巡る争いでもない戦いとしてコーベットにはもう一つ、忘れられないものがあった。それは2頭のトラと雄のゾウの死闘だ

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