1995年と96年にカナダで捕らえられたオオカミがイエローストーンに31頭、アイダホに35頭が移入された。オオカミは順調に増え、2001年末にはイエローストーンで218頭、アイダホで216頭を数えるまでになった。

 イエローストーンの近隣で農牧業を営むグループが、移入されたオオカミを観察していた。ある夜明け、オオカミの群がワピチ(アメリカアカシカ)を倒した。オオカミがまだ食べているとき、2頭の子グマをつれたハイイログマが現れた。オオカミはクマを阻止しようと立ちふさがったがクマはかまわず接近し、およそ30分の攻防の末、シカの死体を奪うことに成功した。オオカミたちはすでに充分食べていたものが多かったのだろう。クマが食べている所から30mほど離れた所に6頭のオオカミが見られた(原田純夫、2002)。

 5頭のオオカミとまだ若いハイイログマとの獲物を巡る争い。この時は小競り合いの後クマが退けられた
※ tpbさんから教えていただきました。

 カナダのオンタリオでアメリカクロクマが1頭のオオカミを殺したことがある。子のオオカミの泣き声がするのを聞きつけたある学者が、雌のオオカミの死体を発見した。オオカミは首の骨と11本もの肋骨が折れていた。巣の傍で子を守って戦ったらしく、近くにアメリカクロクマの毛が抜け落ちていた。
 ミネソタで9頭のオオカミが冬眠中のアメリカクロクマの雌と生まれたばかりの子を殺したことがあった。アルバータでもオオカミの群が成獣の雌のクロクマを殺している
 フィンランドの森林で、オオカミがヒグマの死体を食べているところが目撃されている。しかし死に至るような激しい戦いはめったにない。両者があいまみえるのはたいてい獲物争いである。それもオオカミが仕留めたシカなどをヒグマが横取りしようとする時だ。

 アメリカ魚類野鳥獣局のスタンリー・P・ヤングは、アラスカでオオカミとハイイログマの小競り合いを見ている。
 4頭のクマがオオカミの巣穴の近くに現れた。そこでは子供のオオカミがいたのだが、クマの接近を知ったおとなのオオカミ4頭が立ち向かった(The Wolves of North America, 1944)。
 森林警備隊の人々は望遠鏡で、3時間にわたる戦いを見ていたが、ついに4頭のクマは傷を負って退散したという。
 ハイイログマの成獣が4頭も一緒にいることは考えにくいので、まだ子供のクマだったかもしれない。
 というのもよく似た観察例がアドルフ・ムーリィによって報告されており(マッキンレーのオオカミ)、3頭の子を連れた雌のハイイログマがオオカミの巣に近づき、4頭のオオカミと争って、1時間ほど後に去って行ったのだ。クマたちの目的はオオカミの食べ残した獲物で、邪魔はされながらも残り肉を食べて行った。つまりクマにとっては食べるのが目的で、戦いはそれを妨げようとするオオカミを振り払う程度のものだったようだ。

ヨーロッパオオカミ
 ヨーロッパからシベリアの中部にかけて分布する。シベリア北・東部のものはシベリアオオカミとして区別されている。どちらもほぼ同大で、雄は体長114〜138cm、肩高76〜91cm、体重32〜48kg。ポーランドでは82kgに達するものがある。

 2004年6月28日放送のNHK地球ふしぎ大自然でヒグマの特集をやっていたが、その中でクマ(おそらくBarren Ground Grizzly)がオオカミのとらえたトナカイを横取りしようとする場面があった。
 数頭のオオカミと激しいやりとりがあった後、クマはオオカミの群に割り込んで一緒に食べていた。こういうこともあるようだ。
 見たところクマは成獣かなと思われるほど小さかったが、カナダ北西州のハイイログマは小型のようで、雌ならば平均体重100kg前後と言われ、マッケンジー山脈での5年の調査で測定された中で最大の雄でも214kgにすぎなかった(nwtwildlife)。

 1990年、アラスカのアナリ国立公園で3頭の仔グマを連れた雌のハイイログマがオオカミの巣に近づいた時、12頭のオオカミが攻撃した。巣の中には仔がいたようで、獲物の奪い合いとは異なりこの時ばかりはオオカミの攻撃は激しく、2頭の仔グマを殺し、もう1頭の仔と母グマにも重傷を負わせた(リック・バス、1992)。

クロオオカミ
 オオカミの毛色はさまざまで、同じ群の中にも白や黒が混じっていたりするが、一般に北のものほど淡色だといわれる。地域的に偏りもあって、北極圏のオオカミには白いものが多い。一方中国西部には黒いオオカミがよく見られる。亜種としては朝鮮からトルコにまで分布する中型(体長95〜125cm)のチベットオオカミに含まれるが。
 ダニエル・P・マックスが人食いオオカミ・クルトーの生涯を描いたパリのオオカミ(1978)にオオカミの群がヒグマと戦う場面がある。
 オオカミの群がヘラジカを仕留めた直後、ヒグマが現れた。当然ながら自分たちの獲物を守ろうとしてオオカミはヒグマに立ち向かう。
 オオカミの戦法は一瞬の隙を見つけてクマに噛み付き、反撃される前に飛び退くヒット・アンド・アウェーで、かわるがわるの攻撃にクマは傷つくが、それでも1頭のオオカミを爪で捕え、首に噛み付いて殺してしまった。
 ヒグマは唸り声を上げながら座り込み、傷を舐めた。オオカミは再び円陣を組んでヒグマを取り囲む。しかし手を出さない。まもなく戦意を喪失したクマは立ち上がり、よろめきながら歩み去った。
 クルトーは1430年代のフランスに実在したオオカミだが、以上の話は事実なのか、マックスの作った話なのかはわからない。

 オオカミの群は親とその子が中心で、いわゆる大群はそれらの家族が一時的に複数集結したものだ。子は1年後、次の子が生まれても群に留まることもあり、親の狩や子育てを手伝うことからヘルパーと呼ばれる。
 Barry Lopez(1986)はそんなヘルパーの1歳オオカミが単独で巣の前に立ちはだかって、接近してきた若いハイイログマを退けたことがあったと述べている(Arctic Dreams)。

Jady Link がモンゴルでしとめた73kgのオオカミ。モンゴルにはヨーロッパオオカミとチベットオオカミの両方がいるので、どちらであるかは区別し難い。
(Hunting Report)

体重(kg) 肩高(cm) 全長(cm) 場  所
96 213 カルパチア(1942)
95 193 オンタリオ(1960)
89 アラスカ(Bueler, 1973)
79 アラスカ(1939)
78 カナダ西部(Cowan, 1947)
76 239(毛皮?) ノースダコタ(1902)
63 ユーゴスラビア(1956)
63 150(尾は43) アラスカ(1938)
61 97 175 アラスカ(1939)
59 170 フランス(1767)、もう1頭と組んで60人以上を殺したといわれる。
57 94 175 アラスカ(1939)
46 172(尾は52) カナダ北西部(1912)
46 69 158(尾は41) ニューメキシコ(1893)
45 84 178 ウィスコンシン(1907)

シンリンオオカミ
 北アメリカのオオカミは24もの亜種に区別されることがあるが、まとめてシンリンオオカミと呼ばれることが多い。またこの名はカナダ南西部の亜種だけを指すこともある。ハイイロオオカミの名もオオカミ全般を指すことが多いが、またマッケンジー川流域産の亜種名としても使われる。
個体数 体重(kg) 場  所
雄(18) 41〜53 カナダ北西州(1955)
雄(80) 29〜60 カナダ北西州(1968)
雄(60) 27〜51 アラスカ(1967)
雄(24) 33〜52 アラスカ(1960)
雄(40) 19〜37 オンタリオ(1969)
雄(84) 23〜52 ミネソタ(1955)

かつてアメリカの大草原でバイソンの群を追っていた亜種 lobo ネブラスカオオカミ Great Plains Wolf Canis lupus nubilus は北アメリカで最大のオオカミだった。
 カナダ・マニトバの南部からテキサスに至る広大な地域に分布し、アメリカのオオカミの代表的存在だったが絶滅、1932年に US Biological Survey によって最後の1頭が殺された。そのとき生け捕りにされ、ペンシルバニアの McCleery 博士に育てられた子オオカミの子孫が現在も飼育されている(Leonard L. Rue, 1981)。

 アメリカの野生化したウマ(Bronco または Mustang)はオオカミをほとんど怖れないと言われる。シートン(1925)はユタ州のユインタ砂漠に住み着いたウマの群を見たが、ピューマを警戒するのにオオカミを全く怖れていなかった。
 またモンタナでイーノス・ミルズは2頭のオオカミが1頭のウマを襲うのを目撃した。ウマは数分の間、オオカミの攻撃を巧みにかわしていたが、チャンスを捕らえると後足で強烈に蹴りつけ、そして2頭とも動けなくしてしまってからとどめをくわえた。

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