カバはその風貌からしておっとりした感じである。漫画やおとぎ話に現れるカバは親しみをもって描かれている。しかしなかなか気が荒く、仲間うちでもしばしばいさかいを起こす。カバの群をよく見るとまず満足なものがいないといってよいほど、みな傷だらけであるという。多くは仲間同士でけんかをして受けた傷なのだ。

カバ対スイギュウ
 作家の戸川幸夫氏がウガンダのクイーン・エリザベス国立公園でカバとスイギュウの小競り合いを目撃している。このときはスイギュウが2頭だったためかカバがあっさりと引き下がっている(野生の報告、1971)。

カバ対サイ
 ツァボ国立公園のムジマ・スプリングスでカバとクロサイの激しい戦いがあった。グッギィスベルクはガイドの案内で岸辺の葦の間に頭を水の中に沈めて倒れているサイの死体を発見した。水をのみにきたサイがカバに襲われて殺されたものだった。
 やはりムジマ・スプリングスでのことだがサイがカバに襲われた。このときは上陸していたカバが水を飲みにきたサイに退路を絶たれたと勘違いしたらしい。カバがサイを噛み、サイもまたカバを角で刺したため、相討ちとなり、1mほど離れて両者は倒れ息絶えた。カバの牙は時に60cm以上になり、もっと長いサイの角よりも武器としては強力である。そのひと噛みでワニが真っ二つにされてしまったこともあった。


 南アフリカの Moholoholo で雄のシロサイがカバと出会い、盛んにモーションをかけるがカバは迷惑そう。このサイは後に他の保護区に移され、そこで伴侶を見つけることが期待されている。

クルーガー国立公園  カバの恐ろしい敵はライオンである。
 1949年、ムジマ・スプリングスで2頭のカバが数頭のライオンに襲われた。カバはいずれも仰向けにされ、胸と喉を噛まれて死んでいた。カバが特に多いウガンダではそのような出来事が頻繁に起こる。しかし時々戦いはすさまじいものとなり、カバがどうにか危機を脱することがあり、逆に攻撃者を負かすこともある。3頭のライオンを背中に乗せたまま茂みの中を駆け抜けて川の中に逃げ込み、ライオンに攻撃を断念させたカバもあった(グッギィスベルク、1961)。
 ウガンダのアルバート国立公園での調査ではライオンの獲物42頭の中に8頭の若いカバが入っていた。そしてタンザニアのンゴロンゴロ国立公園では成獣のカバが時々殺されている(シャラー、1972)。

 2006年11月、南アフリカのクルーガー国立公園で2頭のライオンがカバを襲った。Maurice Mawson らは1時間半ほどの間、ライオンの襲撃を見ていたのだが辺りが暗くなってきたためにその場を離れた。
 翌朝、彼らは襲撃のあった人工の池に戻ってみたがそこにはカバの姿はなかった。驚いたことに傷を負ったカバはそこから1.1kmも離れたところに横たわっていた。
 午前7時、カバはまだ生きていた。しかしそれから数時間後にそこを訪れたレンジャーからカバが死んでいたことを知らされたのだった。(South African National Parks

 子供を守るときにはカバは果敢に反撃する。ウガンダのマーチソンフォールズで雄のライオンがカバの子供を殺したとき、母カバが狂ったようにライオンを攻撃し、夜中まで戦ってついにライオンを殺してしまった

 生まれて間もないくらいの子カバが母親に伴われて Crocodile River 沿いを歩いる時、雌ライオンが距離を取ってその後をつけていた。ライオンに気づいた母カバは子にぴったりと密着して安全を計ったが、いつの間にか接近していたライオンは子カバを打ち倒すとそれをくわえてあっという間に走り去った。ライオンの攻撃はさながら電光石火であり、母カバが異変に気づいた時にはライオンの姿はなかった。
 ライオンの忍び寄りと一瞬の攻撃は絶妙だったが、一目散に遁走したということは怒れる母カバの危険を承知していたからだろう(Ronnie Watt, 2005)。

 サイはいかめしい外見をしている。特にインドサイは皮膚にしわが多く、いっそう堅固に見える。しかしその皮膚は意外に薄く、たいてい厚さ10mmを超えない。
 上野動物園の雌カバ(1250kg)が死んだ時の解剖所見では、一番厚い胸の皮膚は40mm、もっとも薄い腹部の皮膚でも15mmもあった。これはゾウの皮膚のよりもぶ厚く、カバこそが真の厚皮獣といえるかもしれない(中川志郎、1964)。
 皮膚の下には30−50mmの脂肪層があるのだから、ライオンの牙(6cmほど)でもなかなか届かないだろう。

 カバ対シロサイ?
サイvsカバ Hlane park スワジランド


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