新生代第三紀始新世後期−4000万年前−の日本は今よりも暖かかった。湿気に満ち、湖沼が多く、靄が立ちこめていた。その周辺にはセコイアがそびえ、シダが生い茂る亜熱帯の樹林をなしていた。まだゾウがいなかった時代の日本で最大の陸生動物が、このような気候の水辺に生息していた。もし人間がこれを見たら「カバか !? 」と思うだろう。

メタミノドン  山口県宇部市の始新世後期の地層から見つかり、1926年に記載されたワタナベサイ Amynodon watanabei はアミノドンと呼ばれる古い型のサイの1種で、角がなく、上下の顎にそれぞれ一対の牙を持っていた。しかも目が頭骨のかなり高い位置にあり、水の中にあっても周囲を見渡すことができた。半水棲ともいえる暮らしぶりの巨大な獣、今ならカバと思われてもしかたがない。しかしアミノドン科は始新世後期から中新世前期にかけて−4600〜2000万年前−アジアや北アメリカに分布し、多くの種類に展開した大きなグループなのだ。

 カバ、あるいはバクのようにも見えるアミノドン類は、肉厚の大きな胴と短めの脚、そして体の割には小さい頭をしていた。体型もカバに似てやや小さかった。体長3mくらい。化石は川の砂や砂利から成る岩から見つかっており、おそらくカバのように水中の植物を長い牙で刈り取って食べていただろう。

アミノドン  ワタナベサイに近縁と思われる別種の Amynodon mongoliensis が1923年にモンゴルの始新世後期の地層から発見されている。左の前脚以外は揃っているほぼ完全な骨格だった。1925年にも頭骨を含む、全身のかなりの骨が見つかっている。残念ながらワタナベサイの化石は断片にすぎず、骨格を組み立てるには至らない。
Osborn(1936)によればニューヨーク自然史博物館にある Amynodon mongoliensis は頭骨基蓋全長50cm、肩高140cm、背骨の長さ167cm。

 1962年に九州唐津炭田で見つかった大型のアミノドンはザイサンアミノドン Zaisanamynodon borisovi だろうとされている(Cinii)。これはカザフスタンと中国内蒙古からのみ知られていた。化石が少ないため全身像ははっきりしないが、頭骨や臼歯から推して体長4m、体重3tに達したといわれる。
 1999年には神戸市北区でザイサンアミノドンと思われるサイの歯、肋骨、肩胛骨などが見つかった。3700万年ほど前のもので、日本ではアミノドン類の化石はこれまでに山口県宇部炭田、佐賀県唐津炭田、北海道雨竜炭田などの、いずれも後期始新世の地層から見つかっているが、これらはみな歯と顎の一部のみの化石で、これほど多くの骨がまとまって産出したのは初めてだという(人と自然の博物館)。

ザイサンアミノドン

もう1種のザイサンアミノドン Zaisanamynodon protheroi がアメリカのオレゴンで見つかっている(ザイサンアミノドンはこれら2種しか知られていない)。保存状態が良好な頭骨は基蓋全長646mm、最大幅445mmもありおそらくアミノドン科で最も大きかった(Spencer G. Lucas, 2006)。

 アミノドン科には10属ほどが知られるが、動物図鑑で最もポピュラーなのはアミノドンではなく、北アメリカのメタミノドン Metamynodon planifrons だろう。アミノドンよりも新しいタイプで、1941年にアメリカの南ダコタの漸新世中期(3000万年前)の地層から発見された。ニューヨーク自然史博物館に完全骨格があり(下左)、体長2.8m、肩高1.25m。やはり半水棲で川や湖の付近に棲み、水生植物を食べていた。

メタミノドン

 現在のインドサイは、かなりの時間を水の中で過ごしている。水草も餌にしており、スイス・バーゼル動物園のポール・スタインマンは「彼らは夏には、あまりの多くの時間を水中で過ごすので、ある見物客は真顔で、彼らは魚を食べているのかと尋ねられた」といっている。インドサイのあのだぶだぶした皮膚も、水から出て暑い陸上で生活するようになったため、多くの脂肪が失われて皮膚がたるみ、しわだらけになったのだろうといわれる。

ヒラコドン

似非サーベルネコ・ホプロフォネウスがヒラコドンを襲う様子の復元
 アミノドン科は3番目に古いサイだとされる。最も初期のサイは、始新世前期のヒラキウス Hyrachyus だがこれはサイとバクの中間的な存在でサイとはいいがたいかもしれない。その進化型といえる始新世中期以降のヒラコドン Hyracodon をもって最古のサイとするのが普通だが、これは角がないだけでなく、脚が細長く仔馬のように軽快な体格をしていた。体長1.5mほどで快速に疾走することができた。ただ、その歯の構造は既にサイそのものだった。
 アミノドンはその生態的地位を始新世前期の汎歯類コリフォドン Coryphodon から受け継ぎ、中新世になって水陸両生のサイ、テレオケラス Teleoceras やキロテリウム Chilotherium にとって代わられたという(クルテン、1971)。その間ざっと2600万年。この長さからしてもアミノドンがサイ類でも有力な一群だったといえるだろう。

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