マッコウクジラは世界の各大洋に広く分布する大きなクジラで、角張った大きな頭が印象的。捕鯨が盛んな頃は特に頭から採れる脳油(sperm)が工業用に重宝された。
 雌と子からなる群は主に温暖な海に棲むが、成獣の雄は極地の海域まで回遊する。まだ若い雄は彼らだけで群を作るが、成長しきった雄はたいてい単独であり、繁殖期になると雌の群に加わる。

 クジラ類ではシロナガスクジラ、ナガスクジラ、ホッキョククジラ、セミクジラに次いで5番目の大きさで、 成長した雄(40歳前後)は体長15m、体重35t以上に達する。雌は11m、12tほど。

 1921年にアリューシャン海域で捕獲された雄()は長さ71フィート(21.6m)もあったといわれるが、写真を子細に検討した結果では18〜19mと考えられ、体のカーブに沿って測定したのではと疑問視されている(Gerald Wood, 1977)。

 1937年、オランダでマッコウクジラを丸ごと計量したことがあり、3機のクレーンでつり上げて体重を計った。長さ18mの雄が53t、もう1頭(16m)は40tだった。
 また1969年、インド洋で捕獲された13.3mの雄がダーバンで計量され、31.4t。後に解体して各部を計量した合計は27.6tだった。約12%が体液、血液の流出によって失われたことになる。

20.7m1950年千島近くでロシアの捕鯨船が捕獲
19.8m1946年日本近海
19.8m1964年カムチャツカ
19.5m1948年サウスジョージア 南半球で最大の記録
18.7m1914年イギリス
18.3m1958年イギリス
18.0m1936年ベーリング海、解体後の重量は53.4t
14.0m1969年最大の雌(国際捕鯨統計による)

 マッコウクジラは大型のヒゲクジラ類とは異なり、大きな歯(雄では高さ16cm以上になる)を持っている。1870年代にアメリカの捕鯨船が南米海域で捕獲したマッコウクジラ(27m以上?)の歯は28cmもあった。この歯は米国・マサチューセッツの the Old Dartmouth Historical Society Whaling Museum に保存されている。
 マッコウクジラは肉食動物だが他のクジラを襲って食べることはない。主に深い海に棲む魚類、イカなどを食べる。大きな歯を持つマッコウクジラだが、獲物はほとんど丸にみにしてしまう。

 ロンドン自然史博物館には長さ5mの下顎が保存されている。1851年以前にニュージーランド近海で捕獲されたマッコウクジラのものだ。
 これからの推定では体長25m以上もあったという(Mark Carwardine, Guinness Book of Animal Records, 1995)。
 19世紀には23〜27mの記録がいくつかあり、これらは誇張されたものと考えられていたが、正しい記録も含まれていたのかもしれない。
 ところが加藤秀弘氏の「マッコウクジラの自然史」(1995)には日本の捕鯨船が1987年に釜石沖で捕獲した大きな雄のマッコウクジラの詳しい測定値が記されているが、17.6m、50tのそのクジラの下顎の骨は4.9mもある(頭骨の長さ5.7m)。測定方法に違いがあるのだろうか?
 やはり過去の大記録は信じがたいというところか。

 1991年、カリブ海のドミニカ近くでタグを付けた2頭の雄のマッコウクジラを使って調べたところ、400〜600mまで潜水し、1回あたり30〜40分も潜っていた。2頭のうちの大きい方(15m)は一度は2000mの海底まで達し、潜水時間も1時間13分に及んだ(Carwardine, 1995)。
 1969年に南アフリカのダーバン近くで捕獲された雄は、1時間52分も潜っていた。その胃の中から2匹の海底に棲む種類のサメが見つかった。その辺の海域では深さが3000mを超すといわれているので、マッコウクジラもそれくらい深く潜水したことになるのかも。

 マッコウクジラは深海に潜り、ダイオウイカを頻繁に捕食する。バハマ近海で捕獲されたあるマッコウクジラの胃の中から14.5mもあるダイオウイカが見つかっている(Carwardine, 1995)。
 またダイオウイカの吸盤痕が残っているマッコウクジラもしばしば見いだされる。もっとも吸盤痕からそのイカの大きさを推定することは誤解を招きかねない。まだ若いクジラの場合、クジラの成長につれて痕も大きくなるからだ。
 マッコウクジラとダイオウイカの格闘は深海でおこなわれるので、ほとんど目撃されたことはない。しかしマッコウクジラが頭にイカを巻き付けたまま水面に浮上していたなどという目撃談はかなり怪しい。そのような戦いが海中で起こっていることは疑うべくもないが(生物学者による唯一の目撃例がロシアで報告されている)。

 2009年10月15日、小笠原諸島の近海の海面近くで、子連れの雌のマッコウクジラがダイオウイカの一部をくわえて泳いでいるのが目撃された。子供に食べさせるため、そしてイカが餌であることを教えるためと思われる。1頭の子を含む6頭の群が一斉にダイビングするところが何度も目撃されており、これは大人のクジラが潜水やイカを捕らえることを子に教えているのかもしれない(National Geographic)。
※ ac7059さんから知らせていただきました。

 クジラ類の天敵はよく知られているようにシャチである。マッコウクジラとても例外ではない。

 西脇昌治氏が1962年に発表した論文には、金華山沖でシャチの群に襲われたマッコウクジラの群が、子を先頭にひとかたまりになって逃げていく様子の写真が掲載されている。
 捕鯨船に上がってくるマッコウクジラには、体のあちこちにシャチの咬み跡が残っているものがいる。彼らはシャチの攻撃に耐えたか、なかまが犠牲になっている間に難を逃れたものだという(加藤,1995)。
 マッコウクジラが敵に襲われると集団で防衛姿勢をとることがある。子供がいる時は子供を内側に入れて密集する。これを菊花陣形 Marguerite formation と呼ぶ。捕鯨船が追いつめた時にもこのような円陣を組むという。そのため群全体が、1頭また1頭と芋蔓式に捕獲されてしまうのだが(David Macdonald, 1984)。

 マッコウクジラは黒っぽい灰色をしている。茶色がかったり、青っぽいものもある。そして時には白色の個体も現れる。1951年8月にペルー沖で捕獲された長さ16.8mのマッコウクジラはメルヴィルの Moby Dick さながらに全身白色だった。

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